台湾の前総統・李登輝氏は、公職を離れ私人となってからもたびたび訪日を希望していた。訪日の目的は「母校・京都大学の同窓会に出席したい」とか、「妻と奥の細道を歩いてみたい」というものだった。
李さんはいままた訪日をのぞんでいるが、こんどの目的は「病気の治療」である。昨秋、台湾大学病院で心臓の冠状動脈狭窄を広げる手術を受け、日本の倉敷中央病院の光藤和明医師が立ち会った。その光藤医師に術後の治療を受けたい、と。
しかも病状が悪化し、再検査を急ぐ必要が生じているという。こうなると人道上の緊急事態である。伝えられるところでは、森首相は入国査証(ビザ)を発給する方針を固め、関係部局に“指示”をした。ところが外務省は発給を見送り、拒否しているというのである。
もしそれが事実だとすれば、まことにおかしい。首相の指示に従わない外相は更迭すればいいではないか。「内閣総理大臣は、任意に国務大臣を罷免することができる」(憲法第68条)。いまや森内閣はそういう秩序と機能さえ失った“死に体政権”ということなのだろう。
昨年6月、李さんは英国を訪問した。「わたしは一介の平民に過ぎない」と語り、同国の高校に留学している孫娘の卒業式に出席するためだった。それに対し英国政府は「私人の訪問で、政府の賓客として招待したわけではない。英中関係に影響なし」としてビザを発給した。
私人の訪英希望を拒否する理由がない、という法治主義の原則を貫いたのである。ビザを出すか出さないかは、国家主権の問題であり、基本である。そういう基本行為までどこかの顔色をうかがって右往左往している。一体、この国はどこまで落ちぶれて行くのだろう。