20150819-018月18日付の「夕刊フジ」が、 7月22日に行われた李登輝元総統の衆議院第一議員会館における 講演と、閣議決定して8月14日に公表された安倍晋三総理の「 内閣総理大臣談話」の背景について、国際政治学者で本会前理事の藤井厳喜氏と柚原正敬・ 本会事務局長のコメントを紹介している。下記にその全文を紹介したい。

安倍総理は談話において「インドネシア、 フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々」と、 台湾と中国を並列して紹介した。

この表現について、中国メディアの環球時報は15日、社説で「 安倍首相の挙動は外交的義務に基づき守らなければならない『一つの中国』 という原則に著しく背き、日中の外交ルールを破壊するものだ」と強い調子で非難したものの、 中国政府は真正面から反論せず、型どおりの言及に止まっている。

韓国政府も同じだ。発表の日に「高度に設計された談話だ。 分析が必要で世論の推移も見極めなければならない」 という大統領府関係者の発言があったにもかかわらず、 朴槿恵大統領が「物足りない部分が少なくないのは事実」などと述べたのみだった。

一方、談話について「 中国政府にとって不満と失望感は残るものの最低限の条件はクリア したといえるだろう」(8月18日付「産経新聞」)と評価する朱建栄・ 東洋学園大教授は、台湾と中国を並列したことについては「 意外だった表現の一つは台湾と中国を併記した点だ。 日中国交正常化以降、日本の首相としては初めてではないか」と述べている。

しかし、安倍総理が台湾と中国を並列して言及したのは、 この談話が初めてではない。もちろん「日中国交正常化以降、日本の首相としては初めて」のようだが、 台湾・中国の並列言及はこの談話が初めてではない。

安倍総理はすでに4月29日、 最高級の評価を受けた米国議会における講演で「 1980年代以降、韓国が、台湾が、ASEAN諸国が、やがて中国が勃興します。 今度は日本も、資本と、技術を献身的に注ぎ、彼らの成長を支えました」( 米国連邦議会上下両院合同会議における安倍内閣総理大臣演説)と述べ、台湾と中国を並列して言及していた。

7月29日、安保法制の審議が行われていた参議院の「 我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会」において、安倍総理は台湾について「 基本的な価値観を共有する重要なパートナーであり、大切な友人」と答弁している。

それ以前にも、自らのfacebookで「 台湾は世界のどの国よりも多額の200億円を超える義援金を贈ってくれた大切な日本の友人です」(2013年3月11日) と述べ、三重県志摩市において開かれた「2013日台観光サミットin三重」 におけるビデオメッセージで初めて「台湾は日本の重要なパートナー」(2013年5月31日)と表明している。

それらの発言があっての米国議会における講演であり、 今回の談話となる。けっして唐突に、思い付きなどで言及した台湾・中国の並列言及ではない。

いささか横道にそれるが、今回の談話の中に「悔悟」 という言葉が出てくる。歴代内閣の立場に触れる少し前に「先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、 そう誓いました」というフレーズで使われている。また「歴史とは実に取り返しのつかない、 苛烈なものです」という表現も使っている。

実は、この「悔悟」という言葉も「 歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです」という表現も、米国議会での講演のときに使っている。

<歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。 私は深い悔悟を胸に、しばしその場に立って、黙祷を捧げました。>

さらに、米国議会講演では「戦後の日本は、 先の大戦に対する痛切な反省を胸に、歩みを刻みました。自らの行いが、 アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目をそむけてはならない。 これらの点についての思いは、歴代総理と全く変わるものではありません」 とも述べている。したがって、今回の談話が米国議会における講演を踏襲した内容であることは火 を見るより明らかであろう。

安倍総理は米国議会で「日米同盟を基軸とし、 これらの仲間が加わると、私たちの地域は格段に安定します」と述べていた。これらの仲間とは、豪州、インド、 ASEANの国々、韓国を挙げている。台湾の名前は挙げられていないが、この講演の最後の方で、 安倍外交の基本と言える価値観外交について次のように触れている。

<日米同盟は、米国史全体の、 4分の1以上に及ぶ期間続いた堅牢さを備え、深い信頼と、 友情に結ばれた同盟です。

自由世界第一、第二の民主主義大国を結ぶ同盟に、この先とも、 新たな理由付けは全く無用です。それは常に、法の支配、人権、そして自由を尊ぶ、 価値観を共にする結びつきです。>

つまり、「基本的な価値観を共有する重要なパートナーであり、 大切な友人」である台湾もまた「仲間」の一員ということになる。 台湾を中国と並列して言及した背景とは、まさにここにあると思われる。


専門家も驚いた台湾“厚遇”の背景 日米台による中国包囲網への布石か

【夕刊フジ:2015年8月18日】

安倍晋三政権や周辺で、台湾への“厚遇” といえるエピソードが続いている。安倍首相が14日に発表した「戦後70年談話」では、「台湾」を「中国」 より先に登場させたうえ、先月末には、李登輝元総統が初めて日本の国会内で講演したのだ。 安倍首相と李氏が極秘会談に臨んだとの観測もある。こうした背景に、一体何があるのか。

「インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、 韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み…」

安倍首相の談話の中に登場したこのフレーズが、 外交専門家らの注目を集めている。

国際政治学者の藤井厳喜氏は「談話で『台湾』と『中国』 が並立していることに驚いた。安倍政権が(中国の一部ではない) 台湾の政治的実態を認めたということだ。 中国にとっては強烈な1発になったはずだ」と語る。

伏線はあった。李氏の来日は当初、今年秋ごろに予定されていた。 ところが、日本側の「異例の厚遇」(藤井氏)で、先月末に前倒しになったとされる。

李氏は7月22日、衆院第1議員会館で行われた講演で、 国会議員有志らを前に、安倍政権が整備を進める安全保障法制を「 日本が主体的に安全保障に意識を持つことが、 アジア全体の平和につながっていく」と高く評価し、日台の連携を印象づけた。 講演に先立ち、安倍首相の側近である下村博文文科相が超党派議員の発起人代表としてあいさつした。

産経新聞の報道によると、 李氏は7月23日に安倍首相と都内で会談し、 対中関係などについて協議したともいう。

日台関係の進展を図る有識者の団体「日本李登輝友の会」 の柚原正敬事務局長は「安倍政権に、中国への牽制という狙いがあるのは間違いない。安倍首相は、 第2次政権発足以降、台湾を『同じ価値観を共有する国々』に含めた言及を増やしている。 台湾と緊密に連携し、海洋進出を強める中国への包囲網を構築しようとしているのだろう」と分析する。

安倍政権のこうした方向性は、 米国の姿勢とも連動しているようだ。

前出の藤井氏は「米国は最近、 台湾への扱いを明らかに変えてきている」と指摘し、続ける。

「5月末から6月にかけて訪米した台湾・ 民主進歩党の総統選候補者、蔡英文主席は、閣僚級と会談するなどの厚遇を受けた。米国は、 南シナ海問題などをめぐって緊張が高まる中国を牽制するため、『台湾カード』を切り始めている。安倍首相は、米国と平仄( ひょうそく)を合わせた動きをしている」

日米台の連携強化によって、 中国は東アジアで孤立を深めることになるのか。

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