7月30日から石垣島を訪問されていた李登輝総統は7月31日、「石垣島の歴史発展から提言する日台交流のモデル」と題する講演を行われた。その講演草稿を大幅に手直しし、9月10日発売の月刊「Voice」10月号に寄稿されている。「特別寄稿 石垣島来島記念論考」と銘打たれ、タイトルは「日台連携で世界市場へ」。
石垣島と台湾の交流は深い。地図で確認すればすぐ分かるように、石垣島は台湾・宜蘭県の蘇澳鎮のすぐ東に位置している。台湾にもっとも近い与那国島は蘇澳鎮まで111キロメートル。その蘇澳鎮と石垣は236キロメートルだが、石垣から那覇までは411キロメートル。はるかに台湾の方が近い。この近さが交流を育んできた。
しかし、石垣島や与那国島、西表島など八重山諸島と台湾の交流はほとんど知られていないと言ってよい。そこに光を当てたのが李総統の講演だ。
この論考の冒頭で、石垣島で講演するようになった経緯を述べる中、「日台交流、とくに経済交流の分野において、今後は互いの中央政府からだけでなく、地方自治体から発信していくべきという観点」から、演題を「石垣島の歴史発展から提言する日台交流のモデル」と付したと記す。そして、講演のポイントについて、下記のように説明する。
<石垣島と台湾の歴史的な交流や経済分野における協力関係は、将来の日台間における地方自治体同士の交流にまさしく応用可能である。とりわけ日台の経済交流については、古くは農業や食品加工分野だったものが、将来は「モノのインターネット」であるIoTを主体にした協力体制に変わっていくものと考えている。>
そこで、1930年代に台湾から大量の移民が石垣島へやってきた歴史から説き起こし、台湾から持ち込んだパイナップルの栽培や水牛による耕作、パイナップルの缶詰製造などが石垣島の一大産業として育った歴史を詳しく述べていく。
これまでの李総統の日本講演は、哲人政治家と称されるにふさわしくその多くが哲学を踏まえた指導者論で、後藤新平、新渡戸稲造、福沢諭吉をテーマとした講演も大枠からすれば指導者論の範疇だった。もちろん、昨年、衆議院第一議員会館で約300人に現役国会議員を前にした講演「台湾のパラダイムの変遷」のように、台湾史をテーマにした講演もある。
しかし、地方自治体と台湾の交流史をテーマとしたのは、今回が初めてのことだ。ただ、石垣と台湾の交流史の説明では終わらない。石垣と台湾の交流は一つのモデルであるとして、そこから「日台関係をよりいっそう深化させるための方策」を提言する。
李総統の日本講演の特徴は、常に日本への提言を盛り込んでいることにある。日本と台湾は運命共同体の関係にあると強調する李元総統には、日本と台湾は表裏一体、不即不離の関係という思いが強い。事実、日本にとって台湾は生命線であり、台湾にとっても日本は生命線という関係にある。
では、石垣講演ではなにを提言されたのかというと、「IoT」という技術に関する研究と生産だ。「日本企業の研究開発力と台湾の生産技術が力を合わせれば、世界市場を制覇することも夢ではない」と指摘される。詳しくはぜひこの論考を読んでいただきたい。
アベノミクスにおいて、イノベーションは大きな鍵。その中でも「IoT」は、特に実現性の高いイノベーションとみなされている。日本は果たして李元総統の提言に真正面から向き合うのか、安倍内閣の真価が問われている。
なお、月刊「Voice」10月号は、総力特集を「国体の危機を超えて」とし、李登輝総統と親しい櫻井よしこ氏や渡部昇一氏らが寄稿している。日本の雑誌で「国体」と銘打った内容が特集されたことに驚いたが、台湾問題に関係する日本人の基盤は、日本国体への深い認識に裏打ちされているのが望ましいことを思えば、櫻井氏らの論考もぜひ読んでいただきたいものだ。