日本李登輝友の会では平成24年(2012年)から毎年、「政策提言」を発表しています。今年もこの3月末に理事会と総会の承認の下、今年度の政策提言として「日台の安全保障協力体制強化のための4つの提言」を発表しました。
折しも、今年は3月半ばに日米安全保障協議委員会(2+2)が開催されて「中国への深刻な懸念」とともに「台湾海峡の平和と安定の重要性」が強調されました。その後、4月の日米首脳会談後の共同声明で「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調し、両岸問題の平和的解決を促す」という一文が挿入されて以降は、先進7ヵ国(G7)外相会議、日EU定期首脳協議、日豪外務・防衛閣僚協議(2+2)、そしてG7サミット首脳宣言でもまったく同じ文言が採択されました。
本会の今年度の政策提言も、地域覇権の獲得をめざす中国への深刻な懸念を表明するとともに台湾海峡の平和と安定が重要という観点からの提言です。
日本李登輝友の会は同様の観点から、自由や民主主義、法の支配という基本的な価値観を共有する日本の重要なパートナーである台湾との礎を築くためには、台湾との基本関係を定める国内法が不可欠であると考え、先に政策提言として「日台交流基本法」(2019年)の制定を提案しています。
今年は、その上に立って、当面の具体策として以下の4項目を提言しました。
1)日・太平洋島嶼国国防大臣会合(JPIDD)の開催
2)ウエストリムパックのグアムでの開催
3)駐台防衛調整担当部門の強化
4)実務的外交・防衛関係の推進
例年のように、日本語版に中国語訳(加強日台安全保障合作體制的四項建言)と英訳(Four Recommendations forthe Strengthening of the Japan-Taiwan Security Cooperation Framework)を合わせて1冊とし、菅義偉・総理、加藤勝信・官房長官、茂木敏充・外相、岸信夫・防衛相など政府要路や有識者に、また台湾の蔡英文・総統や呉釗燮・外交部長、林成蔚・国防安全研究院執行長、邱義仁・台湾日本関係協会会長、台湾安保協会など、日台合わせて約100名に寄贈しました。
今後、米国のバイデン大統領やアントニー・ブリンケン国務長官、ロイド・オースティン国防長官をはじめ「プロジェクト2049研究所」などにお送りする予定です。
つきましては、ここに日本語版の政策提言をご紹介します。後日、本会ホームページにも掲載します。ぜひお目通しの上、ご理解賜り、実現にお力添えいただきますようお願い申し上げます。
なお、2012年からの「政策提言」は、本会HP「本会の提言」に掲載しています 。
令和3年(2021年)6月27日
日本李登輝友の会
日本李登輝友の会「2021政策提言」
日台の安全保障協力体制強化のための4つの提言
令和3年(2021年)3月28日
会長
渡辺利夫
副会長
加瀬英明 川村純彦 黄文雄 田久保忠衛 辻井正房
中国の軍事的脅威:
急成長した経済力を背景に軍事大国となった中国は、習近平国家主席の下に「中華民族の偉大なる復興」を目指し、「海洋強国」を建設するため、米中による太平洋分割統治を示唆しつつ、米国を始め地域諸国の動きを牽制し、外洋への侵出を強引に進めている。
このような中国の軍事力を背景とした拡張政策は、力による現状変更に他ならず、こうした動きを牽制するための民主主義、人権擁護、法治主義などを共通理念とする日米豪印(QUAD)主導の「自由で開かれたインド太平洋」における平和と安定に対する最大の脅威となり得ることは明らかである。最近では、中国の掲げる「一帯一路」構想の悪しき側面が明らかになるにつれ、インド洋や太平洋島嶼国家、ASEAN諸国はもとより、英国や独仏などのEU諸国も、中国の動きに疑念を示し、牽制する方向に転じつつある。
地域覇権の獲得を目指す中国共産党政権にとって、台湾の併呑はその第1段階であり、2019年1月2日、習近平主席は「台湾同胞に告げる書40周年式典」の演説で武力の使用を放棄しないと明白に述べ、周辺に強大な兵力を配備しつつ、台湾の防空識別圏への執拗な侵入を繰り返すなどして、台湾に対する軍事的圧力を強めている。また最近では、台湾との外交関係を維持してきた太平洋島嶼国家への政治、外交、経済、軍事面でのアプローチを強め、台湾が維持してきた国際的な存在基盤を侵食しつつある。
台湾との関係:
台湾は、日本にとって自由や民主主義、法の支配という基本的な価値観を共有する比類なく重要なパートナーである。
また、「自由で開かれたインド太平洋」における地政上の要衝にあり、中国の外洋への展開を扼する重要な位置にある。日米同盟にとっての戦略的価値は、太平洋への軍事的展開を図る中国を阻止するのみならず、中国戦略原潜の南シナ海への展開を牽制することにより、米国の核の傘の信頼性を確保する上でも掛け替えのないものである。
一方、近年注目されるようになった海洋に由来する大規模自然災害への対処に、地域の能力ある国家として、日米などと共に、この面で脆弱なASEAN諸国や太平洋島嶼国家への協力・支援を行い、非伝統的安全保障面での存在意義を発揮することが期待される。
このように、日本及び日米同盟にとって台湾の国際的責任と戦略的重要性は格段に高まっており、同時に台湾との安全保障協力体制を強化する必要性も一段と増している。
この状況に対し、台湾に対する日・米の動きはどうか。
米国は、1979年の米台断交と同時に「台湾関係法」を制定し、台湾に防衛用の兵器を供与し続け、トランプ政権下では実に11回に及ぶ武器供与を実施している。また、米国連邦議会は2016年7月6日、上院は「台湾への武器売却終了の期限を設定することに同意していない」など、台湾への6項目の保証について「『台湾関係法』と台湾に対する『6つの保証』を米台関係の基礎とすることを再確認する第38号両院一致決議案」を可決している。さらに、「台湾旅行法」や「アジア再保証イニシアチブ法」「台北(TAIPEI)法」などの国内法を制定して台湾との関係強化を図るとともに、国交国が台湾と断交することや中国の武力行使などを牽制してきた。
トランプ政権に続くバイデン政権では、バイデン大統領は菅義偉総理との1月28日の電話会談で「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて緊密に連携することで一致し、また中国の習近平主席との2月10日の電話会談でも「自由で開かれたインド太平洋を守ることを希望する」と述べ、トランプ政権が積極的に進めてきた「自由で開かれたインド太平洋戦略」を進めると表明している。
国務省もまた1月23日に発表した声明において「3つの米中共同コミュニケ、台湾関係法、6つの保証で示された米国の長年の責任を堅持する」と述べるとともに「米国の台湾への関与は盤石であり、台湾海峡の両岸や地域の平和と安定の維持に貢献していく」と表明している。
このようにバイデン政権は「自由で開かれたインド太平洋」の要衝にある台湾との関係強化を図ってゆく意向を示している。3月12日には、日米豪印の4ヵ国のQUAD首脳会合、16日には日米外務・防衛閣僚による日米安全保障協議委員会「2+2」が、矢継ぎ早に開催され、米国は地域の主要な同盟・友好国の認識を確認した上で、18日、19日の両日、アラスカでの米中外交トップ会談に臨み、人権や香港問題などと共に、台湾問題を正面切って取り上げ、政権の意図を明確に示した。
一方、わが国は、1972年の断交以後、台湾との関係を非政府間の実務関係として維持しており、閉鎖した在台湾日本大使館に代わって「財団法人交流協会」を設立し、東京に本部を設け台北と高雄に事務所を開設、各省庁から関係者が出向している。2012年4月1日に公益財団法人に移行し、2017年1月1日には「日本台湾交流協会」と名称を変更している。
日台安保協力強化の具体策:
日本李登輝友の会はこのような日米の台湾との関係や国際情勢に鑑み、すでに結ばれた実務上の交流に関する取決めや今後も結ばれる取決めに法的基礎を与えるため、台湾との基本関係を定める国内法が不可欠であると考え、2013年に政策提言として「『日台関係基本法』を早急に制定せよ」を発表し、交流協会の日本台湾交流協会への名称変更などを踏まえ、2019年には「『日台交流基本法』を早急に制定せよ」を発表した。
「日台交流基本法」の制定は、自由や民主主義、法の支配という基本的な価値観を共有する日本の重要なパートナーである台湾との礎を築くために欠くべからざる法だというのが、本会の基本的な立脚点である。この上に立ってわれわれは今回、日台及び日米台の安全保障面での関係を強化するための当面の具体策として、以下の4項目について提言する。
1)JPIDDの開催
2020年4月、防衛省は、地域における安全保障上の意見を交換する目的で、太平洋島嶼国家で軍を有するパプアニューギニア、フィジー、トンガの国防大臣、太平洋島嶼国家と関係の深い米国、オーストラリア、ニュージーランド、イギリス、フランスの実務者を東京に招待して主催する「日・太平洋島嶼国国防大臣会合」(JPIDD)の開催を決めていた。しかし残念ながら、予期せぬ新型コロナウイルス感染症の蔓延により延期された。
感染症の収束の時期を見計らって必ずや再開すべきことを強く要望する。この際、地域の非伝統的安全保障の協議では、十分な能力を持ち経験の豊富な台湾の参加が必須である。
2)ウエストリムパックのグアムでの開催
2018年の本会政策提言において、ASEAN諸国や南太平洋島嶼国家の海洋に由来する大規模自然災害に対する対処能力向上、共通認識の醸成といった視点から、米海軍を主体とし、日本や豪印が支援する形で、地域全体の能力向上を図るため、現行のリムパックを実施しない西暦の奇数年に、日米共催、豪印協催による国際・地域テロ、海賊、捜索・救難、大規模自然災害など、非伝統的海洋安全保障面の訓練である「環西太平洋多国間海洋安保共同訓練」(ウエストリムパック WEST RIMPAC)を実施し、メンバー国として、ASEAN諸国や太平洋島嶼国家などとともに台湾を招待するよう提案した。非伝統的安全保障分野において多発する事態への適切な対応は、世界や地域の喫緊の課題であり、ここに改めて提案する。
西太平洋には非伝統的海洋安全保障面の対応に十分でない国が多く、地域全体で対応力の向上を図ることは喫緊の課題であり、「自由で開かれたインド太平洋」の平和と安定に資することともなる。改めてウエストリムパックの実施と台湾招待の実現を提言する。
3)駐台防衛調整担当部門の強化
上記の2事業を含めた日台、あるいは日米台の個別または地域安全保障協力の推進に際し、今後、必要性が増大することが予測される日台両国間の情報交換、連絡・調整等の防衛関連業務を迅速かつ的確に処理するため、その窓口である日本台湾交流協会台北事務所に配置されている防衛担当の「主任」について、名称を「防衛調整担当主任」と改め、現行の退職自衛官から現役自衛官の出向に変更するとともに、陣容は現行の1名から陸・海・空の現役自衛官による3名体制への増員を提言する。(別項「補足-1」において、現状と必要性を補足記述)
4)実務的外交・防衛関係の推進
また、日本が国交のない台湾との間で実務的外交・防衛協議を推進するため、外務省や防衛省・自衛隊を始めとする実務担当者として、副大臣クラスの往来ができるよう措置すべきは当然のことであり、ここに併せて提案する。(別項「補足-2」において、必要性を補足記述)
補足-1:駐台防衛調整担当主任の現状と強化の必要性
2021年1月現在、わが国の在外公館及び国連代表部等には、所要業務を担当するため70名の防衛駐在官が派遣され、各公館への派遣者数は、米国6名、豪・印・韓・中・露の各国に3名など、任国等との安全保障関係の重要度に応じて定められている。2019年には、中国が軍事拠点化を進める南シナ海の沿岸国であり、領有権を主張しているフィリピン、ベトナム、マレーシアへの派遣者が増員され、2名体制となっている。
防衛駐在官の主要な任務は、情報収集、連絡・調整、自衛隊を代表する業務等であり、業務の遂行に当たっては各自衛隊の戦略・戦術、部隊運用、装備品等に関する幅広い識見と豊かな経験が求められる。
しかし、台湾に対しては、わが国に国交を定めた国内法がないため、1972年の断交から約30年にわたって制服の防衛駐在官の派遣は途絶えていた。
ところが、1996年の第三次台湾海峡危機を契機に、軍事専門家を台湾に派遣することについての国内情勢や関係省庁の認識が変化し、交流協会に防衛駐在官に相当する職員を配置する必要性が認められた結果、現役自衛官の派遣は諸般の事情により困難であるが、退職自衛官であれば対応可能ということで、2003年から自衛隊を退官した将官級1名が、交流協会台北事務所に「主任」として配置され、現在に至っている。
現在、日本台湾交流協会の台北事務所には防衛関係業務を担当する4代目の主任1名(元陸将補)が勤務している。
いまだに法的根拠を持たない日本と台湾の安全保障関係は、基本的には米国を介した間接的なものに留まっている。しかし、国交がないとは言え、共通の脅威に直面する日本と台湾にとって安全保障問題には共通点が多く、協力すべき案件や情報収集量も増加しつつあると推認される。
特に、日本と台湾は地理的に近接しており、双方の艦艇・航空機の行動海域の一部が重複している上に活動の活発化が予想されることもあって、偶発事故の予防や相互干渉の防止のみならず、双方の作戦の効率化を図る面からも日台間の情報交換及び連絡・調整は喫緊の課題となっていて、台湾の安全保障関係の重要度は高い。
今後の南シナ海や東シナ海の安全保障状況の展開は予断を許さず、また今回提言したJPIDDの再開、WEST RIMPACのグアムでの開催が実現すれば、多様な業務の増加が予測される。その際、日本台湾交流協会台北事務所において、迅速、かつ的確な業務処理を遂行するには現行の1名では到底足りず、陸・海・空各自衛隊から1人ずつ派遣することが最善である。
米国在台湾協会台北事務所には、2005年8月から現役の陸軍大佐が派遣されていることが明らかになっている(2017年2月刊行の防衛研究所編『中国安全保障レポート2017』)。また、米国在台湾協会が2019年4月に「事務所には陸・海・空の軍人が2005年から駐在している」と表明し、2008年からは海兵隊員が駐在していることも判明しており、沿岸警備隊を除く4軍軍人が「駐在武官」業務のため台北事務所に駐在していることが明らかとなっている。
この米国の先例に倣い、日本も国交を有する国などへの防衛駐在官と同様、台湾の防衛担当主任は陸・海・空から現役自衛官を出向させ、3名体制とすべきが現実的であろう。もちろん、任期が終われば速やかに自衛隊の所属部署へ復職できるものとする。
現役自衛官出向の3名体制の実現は、日台間の情報交換、連絡・調整等の機能を強化するだけにとどまらず、中国を極端に刺激することを避けながらも、日米台の安全保障協力に対するわが国の明確な意思を示す上でも有意義であることは言うまでもない。
本会は数年前、この提言とほぼ同じ内容を提起して政府要路に伝えたところであり、また、防衛大臣就任前の岸信夫・衆議院議員はオピニオン誌において、将来の不測の事態に備えて台湾の軍とコミュケーションを取るため、「日本台湾交流協会に中堅クラスの自衛隊員の派遣すること」も考慮すべきと提案していたことでもある。
ここに、日米台安全保障協力を強化するための第一歩として、日本台湾交流協会に勤務する防衛担当の主任を現在の1名から、陸・海・空の現役自衛官による防衛調整担当主任3名に増員することを提案する。
補足-2:実務的外交・防衛関係の推進
岸信夫議員は先のオピニオン誌において、非政府間の実務関係という日本の台湾との関係に関する基本的立場を踏まえ、「副大臣クラスの自由な往来ぐらいはできるようにしたらいい」と提言している。
米国はすでに2018年3月16日に制定した「台湾旅行法」において、米台双方の政府関係者の訪問を認めている。トランプ政権末期の2021年1月9日には、ポンペオ国務長官は台湾の外交、軍事当局者らとの接触を制限する国務省の内規を撤廃すると発表している。
米国は台湾と国交を断絶していながら、台湾を基本的な価値観を共有する重要なパートナーと位置付ける点では日本と同じであっても、すでに上記のような措置を取っている。国情は違え、日本が台湾との実務外交を進めようとするなら、実務者としての副大臣クラスの自由な往来ができるよう措置すべきは当然のことで、ここに併せて提案するものである。