在日台湾同郷会顧問 林建良
台湾では「正名運動」が、本土派(親中国派に対する台湾中心主義派を指す)の政治運動の主流になっている。李登輝前総統を総召集人とする「511正名運動」デモにはすでに100以上の団体が参加し、10万人以上の参加者が見込まれていたが、中国肺炎SARSのために延期を余儀なくされた。「正名運動」の最大の目的は、我々の母なる台湾の国名を「中華民国」から「台湾」に正すことであり、5月11日は母の日だから、この日を大デモの日に選んだのである。
◆正名運動の発端は在日台湾人の国籍記載問題
正名運動の発端となったのは在日台湾人の国籍記載問題である。在日外国人は外国人登録証の常時携帯を義務づけられている。ところが日本政府は、在日台湾人の外国人登録証に国籍を「台湾」ではなく「中国」としている。そのため、在日台湾人の運転免許証、印鑑証明書など公的証明書類の国籍もすべて「中国」となっている。台湾人にとって、これは堪え難い屈辱である。そのため、在日台湾同郷会は2001年6月9日にプロジェクト・チームを結成して、在日台湾人の国籍記載を「中国」から「台湾」に変更することを日本政府と台湾政府に要求することにした。我々はわずか2週間で105団体の署名を集めて7月5日に台湾政府に陳情書を提出し、日本政府と交渉するよう要求した。台湾外交部(外務省)の回答は、この問題はこれまで何度も日本政府と交渉したが、誠意ある回答は全くなかったとのことである。そこで在日台湾同郷会は、7月9日に日本政府に抗議文を提出し、海外台湾人と台湾国内の諸団体に連帯を呼びかけた。台湾では本土派運動のリーダーである王献極氏や王康厚氏らが即座に行動を起こし、わずか2日後の7月11日に台湾にある日本政府の窓口である交流協会に抗議デモを行った。しかし、交流協会の代表として抗議文を受け取った総務部の小松道彦氏のコメントはまことに傲慢なものであった。彼は「台湾の国民は必ずしも台湾人とは言えない」「民間団体の抗議を、日本政府は受け付けない」と言ったのである。
この小松氏の態度は傲慢だが、全く筋の通らないものではない。台湾国内にいたるところに「中国」が存在しているのだから、日本政府に在日台湾人の国籍記載を「中国」から「台湾」に変更するように要求しても説得力がないのだ。台湾では小学時代から子供たちに「我々は正々堂々たる中国人である」と教育し、台湾を代表する航空会社も「チャイナ エアライン」であって「タイワン エアライン」ではない。陳水扁総統がアフリカを訪問した時、現地の人に「台湾の総統がなぜ中国の飛行機できたのか」と聞かれたそうで、ブラックユーモアのようで本当の話なのだ。「中国」から「台湾」に名前を正すべきものは台湾国内に数多く存在しているが、「中華民国・Republic of China」という国名こそ、その元凶なのである。だからこそ、正名運動の中心は日本から台湾に移ったのだ。王献極氏や王康厚氏らの献身的な活動により、2002年の5月11日に台北の総統府周辺で行われた正名運動デモには、3万人を越える人々が参加し、これを境に正名運動は台湾本土派の社会運動の主流となったの
である。
◆「中華民国」は裸の王様だ
これは単なる国名の問題ではない。「中華民国」という虚構こそ、台湾の国際社会進出を封じている足枷だからである。台湾の現行憲法である「中華民国憲法」は、中華民国が中国全土に対する領土主権を有すると定めている。従って、台湾は中華民国=中国の一部ということになる。しかし、「中華民国=中国」などという嘘は世界の誰も信じていない。世界の人々は「中国=中華人民共和国」であることを知っているから、台湾は中華人民共和国の一部なのかと誤解するのである。台湾は「中華民国」という国際社会に存在しない衣裳をきている裸の王様であり、この誰にも見えない衣裳のために、国際社会の孤児になっているのだ。「中華民国」という偽りの国名を「台湾」という正しい国名に変更し、台湾憲法を制定して、領土主権の範囲を現実に統治している台湾、澎湖、金門、馬祖に限定しなければ、台湾は国際社会に承認される独立国家にはなれないのである。これは台湾人自身の責任であり、それを果たさずに、台湾が主権独立国家であることを認めろと国際社会に要求しても、説得力はないのだ。
2000年の総統選挙で本土派の民進党が政権を勝ち取ったが、その後の政局は混乱の連続であった。与野党ともに選挙対策を最優先にして、台湾の根本的問題に関心を払わず政争に没頭している。台湾に対する侵略の野心を剥き出しにしている中国が軍事力を着実に増強している現在、台湾の与野党の現状は、まるで沈みいく難破船で一等席を奪いあっているような滑稽な光景である。台湾独立派は、この奇妙な光景を目にしながら、せっかくできた本土派政権を暖かく見守ろうとの気持ちから、民進党政権を諌めることまで控えてしまう傾向が強かった。しかし、独立派はいつまでも手をこまねいて与野党の中傷合戦を傍観するわけにはいかない。このままでは、民進党政権までが中華民国体制を防衛する側にまわり、我々の目標である中華民国体制からの独立建国は遠のく一方である。
これから独立派が推進すべき政治運動は、「正名」と「制憲」である。台湾の最大の敵は台湾内部の中華民国体制にあることを改めて認識しなければならない。その敵を打ち倒さない限り、台湾は一人前の国家として認められることはない。正名運動と制憲運動は、台湾の運命を賭した運動なのだ。この二つの運動こそ、中華民国体制を倒す最大の武器である。正名運動で中華民国の国名を台湾にし、憲法制定で国土範囲をはっきり定めれば、台湾は立派な新生国家として国際社会に参入できるのである。
2003年5月9日 日本・栃木にて