本会の記念すべき第1回総会が平成15年(2003年)6月1日、皇居を望む東條インペリアルパレスにおいて350名余りの出席者を迎えて開催されました。総会には李登輝前総統からメッセージが寄せられました。
記念講演には国際社会学者の中嶋嶺雄・前東京大学学長が「台湾の将来と日本」の演題で行いました。
李登輝前総統からのメッセージ
阿川弘之会長はじめ御列席の役員の皆様、会員の皆様、日本李登輝友の会の総会開催を心からお喜び申し上げます。本来であるならば私自身も出席し、台日交流を熱心に進められる皆様に、直接お礼を申し上げるべきところではありますが、諸般の事情によりそれは適わず、書面を以って御挨拶申し上げる次第です。
皆様御承知の通り、現在台湾ではSARSの問題が深刻ですが、貴国からの防疫や治療に関する御支援、あるいはWHO参加に対する御支持、御声援等には心から感謝しております。それとともに先月、SARS患者の日本旅行の一件につきまして、貴国には多大なる御迷惑をお掛けし、大変申し訳なく思っております。
さて、今日台湾が解決しなければならない問題は他でもなく、国家の主権と尊厳の護持であり、国際社会への参加実現であります。私は台湾のため、目下これらの問題に全力を尽くして取り組んでいるところであります。そこで日本の皆様にも、このような状況を是非御理解いただき、御協力を仰げるなら幸甚に存じます。
我が国と貴国はこれまで、とても深い友情で結ばれてきましたが、これは本当に素晴らしいことです。これからも両国の良好な関係がますます発展していくことを、心より願っております。
その意味からも、今後の貴会の御活躍には大いに期待しております。私たち台湾人も精一杯協力していきたいと考えております。
最後になりましたが、総会の御成功ならびに皆様の御健康をお祈り申し上げます。
2003年6月1日
李 登輝
記念講演 「台湾の将来と日本」 中嶋嶺雄・前東京外語大学学長
■中国への甘さを正す運動が必要
本日これほど多くの人が集まったのは、李登輝さんや台湾への熱い思いからだろう。ほかの国家指導者に対してならありえないことだ。今日のアジア情勢をみると、日本李登輝友の会の存続の意義は大きい。
今日(平成15年6月1日)の読売新聞は「日中国交正常化」の用語解説を載せ、「72年の日中共同声明で、日本は台湾を中華人民共和国の領土の一部と認めた」などと書いているが、実際日本は「中国の不可分の領土」とする主張を「理解し尊重する」としただけで、中国領とは認めていない。これほど大事な問題で、発行部数が最大の新聞が間違を書いたのだ。
今回の一連のSARS問題で、中国は情報を隠蔽したことで台湾をはじめ世界に迷惑をかけたが、世界に謝罪をしていないどころか、台湾のWHO参加の妨害までした。中国は信頼できる国であるかが根本から問われている。しかし、日本での中国報道はどうか。
日本のマスコミの中国報道は文革時代に比べればよくなり、最近では台湾に関する報道でもかなり紙面を割くようになった。しかし、それは台湾の存在がそれだけ大きくなったというだけのことで、決して正しい報道が行われているとはいえない。先日、他紙が1面トップで中国のSARを取り上げる中、「日経新聞」だけは第一生命と中国との提携をトップで報じていた。今の中国で日本の生保会社が事業展開できる状況であるかのような報道しているのだ。日本のクオリティーペーパーである日経は、中国共産党の機関紙「人民日報」と提携してから中国報道が甘くなった。言論、報道の自由のない中国に対するこうした甘さが、日本社会のあちこちに存在しているのは由々しきことだ。こうしたことを是正していく世直し運動が、さまざまな分野で必要になっている。
日本の新聞は中国が経済成長を遂げていると盛んに書いているが、その元である中国の統計は信頼できない。2001年9月、「チャイナ・エコノミック・レビュー」に掲載されたロースキー教授の論文「中国のGDP統計に何が起こっているのか」は、そのことを証明している。
それによると、統計で中国は、98年に7.8%、99年に7.1%、2000年に8%、2001年に7.9%、そしてこの4年間で34.5%も成長したとなっている。しかし経済成長の初期段階ではエネルギー消費が増え、雇用も拡大されるべきなのに、この4年間のエネルギー消費は平均でマイナス5.5%だ。雇用も逆に減少している。詳しく分析すると、「成長している」という言葉が疑わしくなる。このように見ないと中国は語れない。
つまり、中国は「常識のレンズ」で見なければならない。そうすれば日経が伝える、あるいは中国当局が発表する中国像とは違ったものが見えてくるはずだ。「21世紀は中国の世紀」「中国は世界の工場」などというが、信頼に足らない情報操作だ。中国のGDPは世界の3%にしか過ぎない。本当に経済が成長しているなら、どうして大量の中国人が、文書を偽造してまで留学生になり、日本に荒稼ぎにくるのか。私の推計では人口の一割が農村から沿海地方に移動しているが、そこにも職はない。そこで海の向こうの日本と台湾を目指している。
■守るべき李登輝氏の民主化の成果
台湾もこのところ、中国に対する見方が甘くなっている。台湾のカネがどんどん中国に出て行くが、長期的に捉えると、台湾の空洞化だけでなく、その存在自体が危なくなる。李登輝さんが訴えているのもそのあたりだ。「中国投資は儲かる」と宣伝されるが、実際、中国では不良債権が大問題になっている。
香港を見てほしい。中国と一緒になったことですべてがダメになった。SARSの問題を通じて「中国は台湾と違う。一緒でなくてよかった」と、台湾人が深く認識することを期待したい。
現在、三通の問題がある。陳政権はよくやっているが、李登輝時代に比べて行政、政策は不慣れだ。李登輝さんのような意見を取り上げていくしかないのではないか。
来年の総統選挙では連戦、宋楚瑜のコンビが陳総統の対抗馬となる。この2人に会ったことがあるが、連戦は人気がなく、宋楚瑜も安心して話せるタイプではない。人気ある馬英九が出たらきわどいが、あの2人なら、李登輝さんのバックアップ次第で陳総統が有利になるのではないか。
陳総統が負ければ、親日の李登輝世代の繋ぎがなくなり、日本にとっても深刻だが、台湾でも二度と民主化、本土化が大きい意味を持つことはなくなるだろう。そのことを台湾人はもっと認識してほしい。
民主化とは簡単なことではない。1985年に日本に立ち寄った李登輝さんと会い、一晩議論した。旅の途中だというのに私の本を何冊か持ってきており、赤線が引かれているなどで感銘した。それ以来、彼を見てきたが、国民党主席、中華民国総統でありながら、民主化のために国民党、中華民国と戦ってきた。それは熾烈なもので、90年代初頭には党長老に囲まれてリーダシップを発揮できず、孤立無援の窮地に陥ったこともあったが、それでも敵を各個撃破している。
李登輝さんがやってきたことは民主化を横軸とすると、縦軸は本土化だ。つまり「台湾は中国ではない」というアイデンティティの強化である。この成果が次の選挙で逆転されると、台湾のみならず、日本やアジアにとっても深刻な問題となる。
■台湾の将来がかかる次期総統選挙
中国は自分の国益を第一に考える国だ。イラク問題でも国連安保理で責任ある態度をとらなかった。日本の外務省が、中国のチャンネルを使えば北朝鮮を抑えられると思うのも大間違いだ。その中国が国益を考える上で最も重要視しているのが台湾問題だ。中国の21世紀における世界戦略は、アメリカと対抗できる大国になることだ。そのために国内を大中華思想で一つにまとめようとしているが、その一環として台湾が今と違うことをするなら、徹底的に抑えるつもりだ。ものわかりのいいとされる胡錦濤も、天安門事件で国を追われた民主運動家も、中国の連邦制や台湾独立といった台湾問題になると、非常に中華思想が強くなる。これが中国の中国たる所以だ。
そう考えると、台湾が生きる道は台湾自身のアイデンティティ確立以外にない。台湾でアイデンティティを意味する「認同」(同じであることを認める)という言葉が作られ、強調されているが、私は李登輝氏に「そのようにすると多民族国家の台湾は、かえってバラバラにならないか」といったら、「だから『台湾人』としてのアイデンティティが必要なのだ。『国家認同』としてまとまっていければすばらしい」といわれた。
中国は現在、2008年のオリンピックを目指して突っ走っており、それまでは台湾の武力解放は難しい。だから私は、台湾はオリンピック開催までにアイデンティティを確立し、台湾が一つとなってその存在を国際社会に主張しならないと考えている。そうしなければ、二度とその機会はないだろう。だから来年の総統選挙はただの選挙ではなく、まさに台湾の将来がかかっているといって過言ではない。
台湾の正名運動も、この数年しかない。台湾は主権国家であって、国名は自分たちで選択すべきものだ。台湾自身が公明正大に決めたものなら、日本なども認めざるを得なくなる。だが、問題は台湾人自身にかかっている。台湾を取り巻く情勢に危機感が薄いのだ。現状維持をして、将来、民主化された中国と統一するといっているが、中国は民主化しても中華思想が残るのだからダメだ。
正名運動は単に国の名を正すだけのものではない。孔子は「名を正さざれば言従わず、言従わざれば事ならず、事ならざれば礼楽おこらず」といっているが、礼楽とは文化、文明であり、国の基となるものだ。憲法の改正という法的手続き踏めば、正名は可能だ。陳総統が次の選挙で勝てば、次はこの問題に取り組むのではないか。
アイデンティティ確立という李登輝さんの訴えがもっと支持されることが台湾の課題だろう。陳政権にはそのために、障害を一つ一つ取り除いてもらいたい。そして台湾の人たちには、SARSをいいきっかけとして、もっと危機感を持ってほしい。日本李登輝友の会としても同じ思いだろうし、私も微力ながら力を尽くしたい。
それから、誰が世界のどこにでもいける時代に、李登輝さんにだけビザを出さないのはまったく不当である。
●中嶋嶺雄(なかじま・みねお)先生プロフィール 国際社会学者、前東京外国語大学学長。
昭和11年(1936年)、長野県松本市生まれ。昭和30年(1960年)、東京外国語大学中国科を卒業。東京大学大学院へ進み、同40年(1965年)に国際学修士、同55年(1980年)に社会学博士号を取得。専攻は国際関係論、現代中国学、アジ地域研究。
同52年(1977年)、東京外国語大学教授に就任。平成7年(1995年)から同13年(2001年)まで2期6年、東京外国語大学長。同10年(1998年)から同13年(2001年)、国立大学協会副会長。現在、アジア太平洋大学交流機構(UMAP)国際事務総長,文部科学省中央教育審議会委員(大学院部会長)、財団法人大学セミナー・ハウス理事長などを兼務。オーストラリア国立大学、パリ政治学院、カリフォルニア大学サンディエゴ大学大学院の客員教授を兼任。
平成16年春、秋田県雄和町に開校される国際教養大学(Akita International University)の初代学長に就任予定。アジアオープン・フォーラムの世話人代表をつとめていたことで李登輝氏との親交を深め、氏が信頼を寄せる日本知識人の一人。
主な著書に『現代中国論』『中ソ対立と現代』『北京烈烈』(サントリー学芸賞受賞)、『国際関係論』『三つの中国』『沈みゆく香港』『中国・台湾・香港』など多数。共著(李登輝前台湾総統)に『アジアの知略』他。