台湾の李登輝前総統(80)が終戦記念日を前に、台北市内で京都新聞社のインタビューに応じた。戦前、京都帝大に学ぶなど親日派で知られ、日本陸軍少尉として終戦を迎えた李氏は、精神面の重要性を指摘し、日本は道徳体系を持つべきだと強調した。また「松尾芭蕉の『奥の細道』の足跡をたどるのが夢だ」と述べ、間接的に訪日を希望した。
-終戦記念日に日本人に何を考えてほしいか。
「終戦とともに名古屋から京都に戻り、広島や佐世保、東京に行った。焼け野原を見て、日本の若い人は何をし、環境を取り戻すにはどうすべきか、と考えた。国は産業やインフラなど力がないといけないが、日本は復興をやり遂げ、国を強くした。その代わり、精神的な面をなくした」
「日本は経済が強くなり、世界的な競争の中できつい目にあっている。こういう状態の時には精神を取り戻さないといけない。そして、日本の国力をどう変えていくか。戦後58年間に日本人が努力してきたことを見つめ直し、これから何が重点になるか考えるべきだ。精神がなければ物質だけでは駄目だ。もう1度『日本とは何ぞや』『日本人とは何か』を考えてほしい」
-日本には閉塞(へいそく)感が漂い、精神的なバックボーンを失っている。「武士道は最高の道徳規範」が持論の立場からどう見る。
「気になるのは、若い人に道徳体系がないことだ。台湾でも同じだが『国家なんかいらない』『個人でやっていけばいい』との考え方が強い。今は自由に物事を選択できるが、選択には基準が必要だ。それが道徳体系、日本精神だ。武士道の精神の中には大きな特徴がある。儒教の仁、義を超えた『誠』だ。日本人の精神で1番高いものだ。そうした道徳体系、社会に奉仕する気持ちを持つ必要があると思う」
-台湾の将来は。
「台湾の主権は個々の人民の手にある、と言わざるを得ない。民主化して、総統も国会議員も人民が選んでいる。将来の問題をどうするかは、非常に時間がかかる。その前に台湾に対するアイデンティティーをよく教育しておかないと、国際的にも法律的にも処理することは難しい。台湾が将来、1つの国として立っていくには、若く強いリーダー、国家の総目標、人民の団結-という三つの要素が必要だ」
-総統時代から国連加盟を目指してきた。
「現段階では難しい。台湾が国として認められていないことと、中国が常任理事国で拒否権を持っているからだ。台湾は中国よりも民主的な国になっているが、憲法、国旗、パスポート、国籍など未解決で難しい問題も残っている。1歩ずつやらねばならない」
-「奥の細道」の旅にこだわりがあるが。
「(旧制)中学時代に俳句が好きだった。芭蕉の句の意味を知るため現地を見たい。日本人の心であるわび、さびなど他国の人が理解しにくい面を、私が外国人の立場として実際に歩いて書いたら、世界の人が理解するのではないか。ただ、私の身体の状態がよくないのが心配だ」
-昨年、訪日の予定だったが、外務省はビザを発給しないと通告した。
「日本は独立した国なのに自主性がない。官僚の考え方が古い。世界は変化しているのに、形式的、理論的な頭で昔も今も同じように考えている。変化の中で自分を見失い、どうすべきか分からなくなっている」
-京都の思い出は。
「夏は暑く、冬は寒かった。戦時中なので食事にも困った。ただ、宮本武蔵で有名な一乗寺の下り松など名所旧跡はよく歩いた。京大の卒業生らが私を日本に迎える会を作ってくれている
▽李登輝氏の略歴
1923年生まれ。台湾出身。日本植民地下の43年京都帝大入学。戦後、台湾大卒。同大助教授を務め、72年行政院(内閣)政務委員となり政界入り。台北市長、台湾省政府主席などを経て84年副総統。88年の蒋経国総統死去で総統に就任、国民党主席も務める。96年初の総統直接選挙で圧勝し、民主化を進める。2000年退任。