世界のどこにも、台湾ほど親愛の情で日本人を迎えてくれる国はおそらくないだろう。日本をよく知る人びとが健在で、現代の日本と日本人を、日本の歴史とともに受け入れ、日本の台湾への貢献を、日本人自身よりも高く評価する。

代表格は李登輝前総統である。李前総統は、自著『武士道解題』(小学館)で、武士道こそが日本を日本たらしめてきた価値観だととらえ、武士道の精神が、21世紀の世界で日本が自己を打ち立てていく基本だと説く。旧制の日本教育で育ち、22歳まで日本人だった李前総統の、日本的価値観や倫理観への強い愛着が、現代日本へのこのうえなく力強い応援となっている。

日本人に、日本人であることを思い出させ、すばらしい伝統や実績を誇りにせよ、自信を取り戻せと説く氏は、常に中国や韓国から批判されてきた日本にとってありがたい盟友である。

その李前総統夫妻と、9月初め、台湾南部を訪れた。案内役は台湾財界の重鎮の許文龍氏である。熱烈な日本支持派の氏は、その富を芸術文化振興に役立たせてきたことでも知られる。

台南のサイエンスパークに隣接する250ヘクタールの土地に、許氏が一代で築いた奇美電子は今、「テレビ科学団地」を造りつつある。奇美電子は大型液晶パネルで世界第四位のシェアを誇る。許氏が語った。

「“ガラスを入れればテレビセットになって出てくる”をスローガンに、一貫生産ラインで大型液晶テレビの世界最大メーカーを目指しています。韓国が手強い相手ですが、日本の技術と組めば、最大の液晶画面、最高の品質、どこにも負けない価格で競えると思います」

液晶事業は大量生産で単価を下げることができる分野だ。技術革新のスピードが速いため、世代が新しくなるたびに設備の更新も必要だ。したがって、いかに最新技術を大型の施設に取り込んで早く立ち上げるかが成功の決め手となる。奇美電子は、自社技術と日本の技術の合体で世界一の水準を築けると語る。

親日的な台湾と日本の技術の合体で、世界一の水準を築くことができればその影響は大きい。日台の経済協力は、経済にとどまらず、政治、安全保障にもつながっていくからだ。増大する中国の影響を考えれば、台湾の存在は日本人が意識する以上に重要である。民主主義を基盤とする台湾との絆(きずな)は、将来必ず日本のためになる。価値観を共有する台湾は大切にしなければならない。おまけに、繰り返すが、台湾ほど日本を大切にしてくれる国はないのだ。

そう考えながら、奇美電子と技術協力をしている日本企業の台南支社代表の人びとに会った。だが、冒頭から違和感を感じる場面があった。日本企業の台南代表が集まっている部屋に李前総統が入ってきたときのことだ。言うまでもなく、氏は前職ではあるが総統だった人物だ。現在も台湾の人びとに尊敬され、政治的影響力は非常に強い。

その李前総統が入室しても、十数人の日本企業代表の多くが、立って氏を迎えようとはしなかったのだ。李前総統が所定の席に着いてていねいに礼をしたとき、初めて彼らは立ち、両手をテーブルについて腰を浮かしたまま、中途半端な美しくない礼をした。加えて凸版印刷の台南代表は、李前総統の挨拶のあいだ、腕組みをして聞いていた。

日本の企業代表は、世界のどこに行ってもこのように振る舞うのだろうか。それとも台湾だからなのか。技術的優位がそうさせるのか。さまざまに思い描きながら、私の心は落ち着かなかった。世界で最も親日的な国、最も日本を応援してくれる人物をぞんざいに扱うとしたら、その振る舞いは日本人の不名誉につながる。また、日本国益をも深刻に損ねかねないからだ。

『週刊ダイヤモンド』    2004年10月2日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 561