本会機関誌『日台共栄』編集委員 片木 裕一
最近、台湾新幹線の開業時期が話題にのぼり、日本でも6月24日、NHKニュースでもとりあげられていた。台湾新幹線を運行する台湾高速鉄路(以下、高鉄)と、工事を請け負った日本連合の間で開業時期見直しに関する協議がなされているのは事実である。だが、その内容についてはさすがにガードが固く、鉄道マニアの耳にさえなかなか届かない。
私自身、本年5月5日に訪台し、「公共事務所・公關部」の担当者と面会して質問するも「10月1日に全線開通し、1ヶ月入念に試運転を行い、10月31日開業の予定」と、発表されている10月開業にこだわった回答であった。
では、真相はどうなっているのか。開通と営業開始はいつになるのか、予想を含めて私なりにまとめてみた。
1.事実関係~情報の整理と分析~
まずは新聞等でここ1年余りの間に公表されている「事実」を整理しておく。
台湾新幹線は、そもそも民間が出資・設立した高鉄が35年運営して投資分を回収し、当局に施設を収める「BOT方式」である。資金は資本金と、銀行団からその3倍を上限に融資を受け、総建設費4600億NT$(ニュー台湾ドル、1NT$は約3.4円)を調達する計画である。その資本金は、昨年3月時点で約800億NT$、今年の3月時点でも約950億NT$しか調達できておらず、最終目標に対して約200億NT$、当面の分だけでも約100億NT$不足、となっている。
これは、昨年の総統選挙で殷琪董事長が陳水扁支持を表明、再選されたもののその後のゴタゴタで投資家の足が遠のいたことに加え、昨年10月に予定されていた試運転の開始が年明けに延びたこと、信号システムの運用をめぐって電気系統の工事が遅延していることに嫌気がさした、等々が原因と見られる。
電気系統工事の遅れについては、欧州連合から逆転受注した時点で既に懸念されていたが、ここにきてより顕著になっている。これは、受注の際、基本設計部分は欧州仕様をそのまま踏襲する、という約束ごとだからである。そのため、欧州の技術者が現在も「顧問」として在籍しており、日本連合が日本の新幹線に合わすべく日本仕様に変更しようと提案してもことごとく反対され、結果として、ただでさえ遅れ気味の工事の進捗を一層遅滞させる原因となっているのである。
とにかく資金調達の遅れは日本連合も憂慮しており、4月以降車両の搬出を停止する一方で電気系統工事の遅延や短い試運転期間について問題提起している。しかし、高鉄側は許容範囲で問題なしと回答してはいるものの、安全性の観点から開業時期を見直す可能性も示唆している。ただし、正式に発表されるのは7月の株主総会後の8月中~下旬になると思われる。
2.収益見込み~高鉄の試算を検証する~
さきに、総建設費4600億NT$を35年で償還する予定、と記した。これについては一部マスコミから「楽観的すぎではないか」との疑問が呈されている。ならば検証してみたいと思う。
まず収入であるが、高鉄が発表した一日平均乗客数は14万7千人である。台北~左営の料金は1200NT$、全員が全線乗車する訳ではないので、距離利用率を70%(あくまで仮の前提)とすると、1日約1億2千NT$、年間で約450億NT$の収入になる。ここから経費を差し引くが、東海道新幹線の経費率は40%以下だが、台湾 新幹線はもっと高く見積もる必要があるので50%強と仮定とすると、キャッシュフロー収入は約220億NT$となる(キャッシュフロー収入は経常損益とは異なる。経常損益には減価償却費などキャッシュフローに影響しないコストも含まれるので)。
次に償還=キャッシュフローの支出であるが、利率を年3%と仮定し、元利金等・年1回返済とした場合、1回の返済額はいくらか。答は約214億NT$である。仮定が、随所にあるものの、辻褄は合っているのである。
では、前提である「一日の平均乗客数」は適正か。
そもそも新幹線の運行は、1時間あたり8本程度、早朝深夜やお昼時は若干少ないので、1日の総運行数は上下線合わせて240~250本程度であるが、この場合、1編成あたりの平均乗客数は約600人となり、これは1編成の定員989人に対して約60%なのである。この見積りは、現在の台湾の航空機や西部幹線の利用状況から考えれば極めて適正であり、「楽観的」なものではない。ただし、新幹線の利便性・安全性・正確性が担保されれば、という前提であるが……。
3.開業時期~開業は来年以降の可能性も出てきた~
いよいよ本題である。
台湾新幹線の開業時期について、私は常々「2006年3月または4月」と言ってきた。これは2005年10月開通(注、私の言う「開通」とは物理的に全線が繋がることで、一般客を乗せて運行する「開業」とは意味が異なる)、その後、半年程度の全線試運転を実施したら自然にそうなる、というのが根拠であるが、「開通」自体が遅延しそうな現状に鑑みると、「2006年3月または4月」との予想は撤回せざるを得ない。
また、関係者の一部から「開業は来年以降の可能性がある」との声が聞かれる。
言葉尻を捉えて詮索するのは本意ではないが、ここには「必ずしも来年とは限らない(=2007年になるかもしれない)」というメッセージが隠されているようで気持ちが悪い。勘ぐれば、一鉄道マニアが立ち入れない、言わば「見えない部分の問題」があるのではないだろうか。とにかく来月の「公式発表」を待つしかないのだが、少なくとも来年6月より早い開業は考えられないようである。
すると、開業しなくとも経費はかかる訳で、先の「35年償還」にも影響が出るのは必至である。従って、明確な計画を提示することなく曖昧に済ましてしまっては、投資家の足はさらに遠ざかることになりはしないか。高鉄には説明責任がある。かつこれは「民間事業」であるが、実質的には「国家事業」である。目先の利益や個人的なメンツに拘って大局を見誤る愚な決断をしないことを強く望むものである。
加油高鉄、加油台湾!
4.オマケ~高鉄に対抗する台湾鉄路局の状況~
台湾高速鉄路に対抗する台湾鉄路局(いわゆる台湾の国鉄、以下、台鉄)は「振り子式特急列車」や「新型通勤電車」の導入を決定している。いずれも受注したのは日本の車両メーカーであり、喜ばしい限りである。
現在、台鉄のプッシュプル特急電車や通勤電車は韓国製(特急電車の動力車は除く。これは南アフリカ製)なのだが、ここにきて故障が多く、定時運行もまま ならないとの声が聞かれるだけに、日本の技術や運行システムの出番到来といえる。
ところで、東海道本線は新幹線ができて衰退したたろうか。そういう面はあるものの、東海道本線は「私の生きる道」を模索した結果、現在も新幹線ではフォローしえない分野で努力し、それなりの成果をあげている。台湾でもローカル線の活性化はそれなりに効果をあげている。台鉄のできることは、まだまだ沢山あるはずである。
加油台鉄、加油台湾!