前号で共同通信の記事を基に「李登輝元総統が9月23日に沖縄・琉球大学で講演!」とお伝えしたが、毎日新聞は「23日に同県宜野湾市にある沖縄コンベンションセンターで、『学問のすすめ』をテーマに講演する予定」と伝えている。
主催者側は「講演会場は宜野湾市にある沖縄コンベンションセンターだが、どうして琉球大となってしまったのか……」といささか困惑気味だ。ご講演のテーマも読売の報道では「日本文化」となっていたが、「学問のすゝめ」だ。
主催者側は本日午前、正式に記者会見を開いてプレス発表する予定だそうなので、それを踏まえて詳細を本誌でも掲載したい。
それにしても、ご講演のテーマが「学問のすゝめ」とは何ともおもしろい。現在、李元総統は講演の草稿作成に熱心に取り組まれているとも漏れ聞くが、もちろん思い出すのは福澤諭吉の『学問のすゝめ』だ。明治維新直後、国民の精神革命をめざして自由平等・独立自尊の理念を掲げ、西洋的実学を奨励したのが福澤の『学問のすゝめ』だった。日本人の10人に1人が読んだとされる大ベストセラーで、今でも読み継がれている。
その点で、李元総統がその在任中に「心霊改革」を成し遂げようとしたことを思い出す。「心霊」とは、魂、心の教育のことであり、李元総統は小林よしのり氏との対談の中で「道徳というよりも、いわゆる魂、日本精神ですよ。精神をしっかり持てという意味」(『李登輝学校の教え』小学館文庫)と説明している。
よく知られているように、ここに言う「日本精神」とは、台湾では「勤勉、正直、約束を守る」などを意味する台湾語であり、反対を「中国式」という。
民主化が進み経済的にも豊かになった台湾社会には、逆に心の不安や精神の腐敗が生じ、功利主義的になったり、自己中心的に考える人間が出てくるので、それを教育によって是正する必要があるとして唱えたのが「心霊改革」だった。
夏目漱石の「則天去私」にヒントを得た李元総統は「私は私でない私」という哲学的箴言を生み出したことを思い出す人も多いかと思われる。その点で、李元総統の著書や講演などではこれまで夏目漱石、阿部次郎、倉田百三、西田幾多郎、鈴木大拙などの名前は出てくるものの、福澤諭吉の名前はあまり聞かない。
今度の李元総統のご講演が福澤の『学問のすゝめ』と直結しているのかどうかは定かではないが、李元総統がまた新たな境地を切り開こうとしていることだけは確かなようだ。大いに期待したい。【8月13日付・本会メールマガジン『日台共栄』837号】