本会は去る3月24日に開催した理事会・総会において今年度の「政策提言」を満場一致で採択いたしましたので、ここに会長・副会長名で発表した「我が国の外交・安全保障政策推進のため『日台関係基本法』を早急に制定せよ」の「はじめに」及びその全文を紹介します。
ちなみに、この「政策提言」を取りまとめているのは川村純彦・常務理事を座長とし、防衛問題や台湾問題を専門とする本会役員などで構成する「日米台の安全保障等に関する研究会」。昨年度は「集団的自衛権の行使」と「日台FTA締結」をテーマとする政策提言を取りまとめています。
また、川村座長ら研究会のメンバー有志は4月16日から台湾を訪問、李登輝元総統をはじめ、蔡焜燦・李登輝民主協会理事長、許世楷・元台北駐日経済文化代表処代表、羅福全・台湾安保協会理事長、呉阿明・自由時報社董事長、台湾日本人会・台北市日本工商会、日本交流協会台北事務所などとこの「政策提言」に関して意見交換の場を持ちました。
日本李登輝友の会「2013政策提言」
平成25(2013)年3月24日
会 長 小田村四郎
副会長 岡崎久彦 加瀬英明 黄文雄 田久保忠衛 中西輝政
◆はじめに
国交のない日本と台湾は、日本側は外務省と経済産業省の所管の公益財団法人である民間機関「交流協会」を、台湾側は外交部所管の「亜東関係協会」をそれぞれの窓口として経済、社会、文化などの分野における「非政府間の実務関係」を続けている。
日台関係は一切の法的裏付けがないという不安定さの中で辛うじて「実務関係」を維持している状態であり、現在、日台の交流に安全保障分野は含まれていない。
最近中国は、急速な経済発展を背景に海軍を中心とする軍事力を急激に増大させ、強引な方法で海洋への進出を目論んでおり、アジア・太平洋地域における最大の脅威となった。この中国の強引な拡張を抑止するには、中国の海洋進出を扼す上で最重要の位置に存在する台湾と日米同盟の協力が不可欠である。
このように、日台は運命共同体という関係にありながら、我が国は台湾問題について主体的な関与を避け、責任を回避してきた。
他方、米国は1979年の断交に際して台湾関係法を制定し、台湾を中国とは別個の存在とすることで、台湾との外交を行うための法的根拠を保持している。
今後、さらに緊張が高まることが予想される台湾周辺において我が国が負担と犠牲を避ける無責任な態度をとり続ければ、日米同盟の絆が弱まることは避けられず、アジア・太平洋地域の平和と安定が失われ、ひいては我が国の国益が大きく損なわれことは必定である。
このような事態を防止するには、我が国においても、台湾関係法に基づいて、安全保障を含む台湾との緊密な関係を維持している米国の政策との整合性を有する台湾政策を策定し、推進する必要があり、その裏づけとなる「日台関係基本法」の整備は急務となっている。
また、今年1月18日、安倍晋三内閣総理大臣が「外交5原則」で示した「海は法とルールの支配するところでなくてはならない」「海を力の支配する場としない」等の原則を実現するためにも「日台関係基本法」の制定を急ぐ必要がある。
日本李登輝友の会では平成24年度に「日台関係基本法に関する研究会」を発足させ、3月13日までに9回の研究会を重ねた。当日の研究会で採択された本政策提言は、その後、理事会及び総会の承認を得て確定された。この政策提言は、安倍晋三内閣総理大臣をはじめ衆・参両院議長、外務大臣などの関係大臣に提出されるとともに日本李登輝友の会のホームページ上などで公開される。
これまでの研究会には、川村純彦(座長)、石川公弘、梅原克彦、金田秀昭、小林正成、澤英武、濱口和久、藤井厳喜、三宅教雄、宗像隆幸、林建良、連根藤、柚原正敬(事務局長)の各氏が参加し、参考資料については、平成国際大学の浅野和生教授と日本李登輝友の会の林建良常務理事に執筆頂いた。
【日米台の安全保障等に関する研究会 座長 川村 純彦】
2013政策提言:我が国の外交・安全保障政策推進のため「日台関係基本法」を早急に制定せよ
国交のない日本と台湾は、日本側は「交流協会」、台湾側は「亜東関係協会」をそれぞれの窓口として「非政府間の実務関係」を維持している。日本はその出先機関として台湾に「日本交流協会台北事務所」を設け、台湾は「台北駐日経済文化代表処」を設けている。
いずれも大使館とほぼ同様の機能や権限を持つものであるが、台湾は外交部(外務省)が所管する機関であるのに対し、日本は外務省と経済産業省の所管である「公益財団法人」という「民間機関」であり、所掌業務は、人員、船舶、航空機の出入国、在留、経済、投資等の国家主権に関わる事項に限られ、政府間の接触は外務省の方針により制限されている。
このように「民間機関」を通じて経済、社会、文化など必要最小限の実務関係が維持されているとは言え、日本政府はこれらの項目以外の分野の交流は抑制している。
日本は米国のような「台湾関係法」を制定していないため、日台関係は一切の法的裏付けがないという不安定の中で辛うじて「実務関係」を維持している状態であり、当然のことながら日台両国の交流に安全保障分野は含まれていない。
このような状態は実質上の外交放棄であって、国家として無責任との謗りは免れないが、その原因は台湾との交流を規定する基本となるべき法律がないことに帰結する。
日台間の交流に確たる法的基盤がなければどのような事態が予測されるであろうか?極論すれば日本政府が中国からの抗議を極端に恐れた場合、日台間の交流が途絶する可能性すらある。
最近の中国は、急速な経済発展に支えられて海軍力を中心とした軍事力の拡大を図りつつ強引な海洋進出を試みており、アジア・太平洋地域の平和と安定にとって最大の脅威となっている。具体的な戦略として、中国は東シナ海と南シナ海を「中国の海」として囲い込み、さらに兵力を太平洋へ展開させることを狙っている。
一方、我が国にとって、中国海軍の外洋進出の出入口にあたる南西諸島の防衛は、中国の意図を抑止する上で最も重要な課題の1つであるが、中でも列島線の南端に位置する台湾の帰趨が対中戦略の成否の鍵を握っていることを見落してはならない。
このような情勢の中で、安倍晋三首相は1月18日、ASEAN外交に臨む「5原則」を公表し、日米同盟の強化や法の支配の重要性を訴え、海洋進出を強める中国を牽制する方針
を示した。
5原則は、1)自由や民主主義、基本的人権など普遍的価値を拡大すべし、2)公共財である海洋は力ではなく法が支配すべきで、アジアと太平洋に重心を移しつつある米国を歓迎、3)自由でオープンな経済によって貿易や投資の流れを進め、日本とASANが共に繁栄、4)文化の繋がりの充実、5)未来を担う世代の交流促進という原則で成り立っている。
このように安倍政権の外交・安全保障政策の基本は、日米同盟を基軸に価値観を共有するASEAN等の諸国と協力して中国の独善的な行動を抑止し、地域の平和と安定を図ることにある。
重要なことは、この5原則においては台湾についての直接の言及はないものの、これらの原則の推進において、台湾を除外しては実現できないことが明らかなことである。
このような認識の下に、岸田文雄外務大臣も交流協会の台湾情勢誌「交流」1月号の「交流協会設立40周年を祝して」と題する祝辞の中で、「台湾は、我が国との間で緊密な経済関係と人的往来を有する重要なパートナーです」と日本の台湾に対する位置づけを明確に示し、また「日台間の深い友情と信頼関係を支えているのは、民主、自由、平和といった基本的価値観の共有」であると述べ、安倍政権の台湾政策と新しい外交5原則との整合性を示した。
台湾は自由、民主主義、人権、法治といった基本的価値観を我が国と共有する民主主義国家であり、台湾人の圧倒的多数は中華人民共和国とは別個の存在である独立した現状の維持を望んでいる。台湾が自由と民主主義を基調とする国家であり続けることは我が国にとって重要な国益であり、台湾人の意に反して台湾の現状を力で変える試みには断固として反対すべきである。
台湾の戦略的価値を理解する上で重要なことは、台湾周辺海域の安定が我が国のシーレーンの安全確保だけではなく、確実な対米核抑止力獲得を狙って南シナ海への展開を図る中国ミサイル潜水艦の配備阻止、即ち米国の核の傘の信頼性の確保に関しても重要であり、台湾の協力なしには実現不可能という現実である
今後は、いかにして日米同盟と台湾の協力を実現し、強化するかがアジア・太平洋地域の平和と安定、ひいては我が国の安全保障の鍵を握っていると言えよう。
我が国のシーレーンと南シナ海を扼する要衝に位置する台湾の戦略的価値は、日米同盟の将来、ひいては我が国の命運を左右すると言っても過言ではなく、我が国の安全と地域の平和にとって、日米同盟と台湾の協力は不可欠である。
一方、米国は1979年の断交に際して台湾関係法を制定し、台湾を中国とは別個の存在とすることで、台湾との外交を行うための法的根拠を与えている。また、同法において「同地域の平和と安定は、合衆国の政治、安全保障および経済的利益に合致し、国際的な関心事でもあることを宣言する」(第2条)と明文化するとともに、防御的な性格の武器や役務の台湾への供与(第2条B項)及び台湾有事の際には米国政府がしかるべき行動をとる(第3条C項)ことを義務付けている。
現在、日米同盟に基づく米国のプレゼンスによってアジア・太平洋地域の安全が保障されている。台湾関係法により台湾は実質的に米国の同盟国となり、我が国とも間接的な同盟関係にある。
日本と台湾は運命共同体とも言うべき関係にありながら、我が国は戦略的に重要な台湾及びその周辺海域の防衛について、中国への過剰な配慮から米国の台湾関係法と台湾の人々の親日感情に甘えるばかりで、主体的な関与を避け、責任を回避してきた。
今後、さらに緊張が高まることが予想される台湾周辺において、我が国が負担と犠牲を避けて無責任な態度をとり続ければ、日米同盟の絆が弱まることは避けられず、その結果アジア・太平洋地域の平和と安定が失われ、ひいては我が国の国益が大きく損なわれることは必定である。このような事態を防ぐには、我が国においても同盟国である米国の台湾政策との整合性を保つ必要があり、そのための法律の整備は急務である。
我が国が毅然とした対中政策を打ち立てるには、台湾との基本関係を定める法律が不可欠であり、安倍首相が「外交5原則」で示した構想を実現するためにこそ、下記の項目を骨子とする「日台関係基本法」の制定を急ぐべきであると考える.
記
1)緊迫するアジア・太平洋地域において、我が国と台湾の関係は、もはや現行の経済、社会、文化などに限定した民間の実務関係だけで律することは極めて困難となっており、交渉相手としての台湾の地位を法的に明確に規定するとともに、台湾との総合的な外交を行うための根拠法規を定める必要がある。
2)我が国の国益増進及びアジア・太平洋地域の安定と繁栄のために自由、民主主義、人権、法治等の共通の価値観を基に、平等互恵を原則とする日台間の関係を発展させることを目的とする。
3)平和的手段以外によって台湾の将来を決定しようとする試みは、いかなるものであれ、我が国及びアジア・太平洋地域の平和と安全に対する脅威となるものであり、我が国にとっての重大関心事であることを宣明する。
4)我が国は、「台湾関係法」に基づく米国と台湾の関係を支持するとともに、海洋を「力」ではなく「法」が支配する自由で開かれた「公共財」として保障するため、日米同盟を主軸に台湾と協力する。
・参考資料1:「光華寮最高裁判決に寄せて─日中友好の名の下に司法は屈したのか」
平成国際大学教授 浅野和生
・参考資料2:日本版台湾関係法の制定を急げ─中国の勢力拡大を防ぐ第一歩
日本李登輝友の会常務理事 林建良
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