本会では、会員の中の専門家で構成する「
本政策提言は、その研究成果をまとめたものであり、
すでにこの政策提言は、安倍晋三内閣総理大臣をはじめ衆・
ちなみに、本会はこれまで「
なお、2015政策提言全文のPDFファイルおよび中国語版を最下段に掲載している。
日本李登輝友の会「2015政策提言」
平成27年(2015年)3月22日
会 長 小田村四郎
副会長 加瀬英明 黄文雄 田久保忠衛 中西輝政
はじめに
東アジアの覇権獲得を目指す中国は、習近平国家主席の指導の下、「中華民族の偉大な復興」の夢を実現するため「海洋強国」を建設し、米国との太平洋の分割統治を狙って海洋への進出を続けており、国際規約を無視した強引な進出は、アジア太平洋地域の平和と安定にとって最大の不安定要因となっている。
中国は、有事に侵攻してくる強力な米海軍に対処するため、対艦弾道ミサイルや潜水艦を中核とする接近阻止/領域拒否(A2/AD)能力の獲得を目指す一方、平時においては、自国の勢力圏を拡大することで、米国の軍事プレゼンスを減少させようとしており、南シナ海及び東シナ海において、急増した軍事力を背景に、他の沿岸諸国が領有権を主張する島嶼を巧妙な方法で奪取しつつある。その実例は、現在、南シナ海での国際法を無視した広大な管轄海域の一方的宣言や奪った岩礁での基地建設、東シナ海でのわが国領海への常続的な侵入に見ることができる。
中国は、他国の領域を奪うため、まず国際法とは相容れない一方的な管轄権主張を掲げた上で、相手国の隙を狙って海警局の公船や海上民兵が乗った漁船群を次々と紛争海域に投入し、実効支配の既成事実を少しずつ積み重ねる方法で、既存の安全保障秩序を覆し、現状を変革することを狙っている。
南シナ海では、中国が奪取したフィアリー・クロス(永暑)礁を埋め立て、3,000m級の滑走路を建設中であるが、建設を止めさせる有効な手立てはない。同礁に航空基地が完成すれば、南シナ海全域が中国軍機の行動圏に入り、中国が航空優勢を獲得することとなり、南シナ海が事実上、中国の内海となる恐れがある。
東シナ海では、南西諸島列島線を突破して太平洋への進出を目指す中国が、海軍力の使用は控えつつも、尖閣諸島に対する実効支配の既成事実化を狙って、準海軍兵力(海上民兵)と位置づけられる漁船群や他国の法規制を受けない政府公船を尖兵として次々投入している。このように軍事対決には至らないが、阻止することが困難な侵犯行為の積み重ねによって、時間をかけながらも最終的な現状の変革目指しており、このような中国の手法に対して「サラミ・スライス戦術」という呼称が国際的に定着している。
米国は、同盟国や友好国が抱える中国との領有権問題について、中立の立場を保っており、たとえ同盟国と中国の間で領土紛争が発生しても、米国が同盟国のために自動的に介入することは期待できない状況である。
最も懸念されるのは、中国が「サラミ・スライス戦術」によって少しずつ現状を変革して行けば、米国が介入できない状況が続き、その結果、米国のコミットメントに対するアジア太平洋地域諸国の不信感が高まって、米国が地域にプレゼンスを維持することが困難となる事態が生じることである。
中国が南シナ海において、国際法を無視した強圧的な行動を続けていることから見ても、米国のこれまでの対中関与政策は破綻したことが明らかになった以上、今後、対中戦略の抜本的な見直しは不可欠であり、対中戦略の中軸を担う日米同盟においても戦略の再調整は避けて通れないであろう。
日本李登輝友の会では、会員の中の専門家で構成する「日米台の安全保障等に関する研究会」を毎月開催している。この研究会では、軍事対決には至らないが、放置すれば自国の主権のだけでなく、アジア太平洋地域の平和と安定にとって深刻な危機をもたらす中国の巧妙な「サラミ・スライス戦術」に、的確に対処するための戦略の策定と断固たる対応を採ることが喫緊の課題であるとの結論に達した。
本政策提言は、その研究成果をまとめたものであり、2月8日の研究会で採択されたものである。その後、理事会及び総会の承認を得て確定された。
この政策提言は、安倍晋三内閣総理大臣をはじめ衆・参両院議長、外務大臣、防衛大臣などの関係大臣に提出されるとともに日本李登輝友の会のホームページなどで公開される。
これまでの研究会には、川村純彦(座長)、浅野和生、石川公弘、梅原克彦、金田秀昭、小林正成、澤英武、多田恵、濱口和久、藤井巌喜、三宅教雄、宗像隆幸、林建良、連根藤、柚原正敬(事務局長)の各氏が参加し、参考資料については、日本李登輝友の会常務理事の川村純彦と岡崎研究所の金田秀昭理事が執筆した。
【日米台の安全保障等に関する研究会 座長 川村純彦】
2015政策提言
新たな対中戦略の策定を急げ
「サラミ・スライス戦術」で勢力圏の拡大を図る中国
中国は現在、習近平国家主席の下、「中華民族の偉大な復興」の夢を実現するため「海洋強国」を建設し、米国と太平洋を分割統治することを狙って海洋進出を図っている。しかし、東アジアの覇権獲得を目指す中国にとって最大の障害は米国の軍事プレゼンスである。
中国は、80年代半ばに近海積極防衛戦略を策定し、2010年までに日本本土‐南西諸島‐台湾‐フィリッピン‐ベトナムを結ぶ「第1列島線」の内側海域で敵の行動を拒否し得る能力を、さらに、2020年までに日本本土‐小笠原諸島‐サイパン‐グアム‐パプア・ニューギニアを結ぶ「第2列島線」の内側海域で敵の接近を阻止し得る能力を獲得すべく海軍建設計画を推進中である。
中国は、有事に侵攻して来る強力な米海軍に対処するため、対艦弾道ミサイルや潜水艦を中核とする接近阻止/領域拒否(A2/AD)能力の獲得を図るとともに、平時においては、自国勢力圏の拡大によって米国の軍事プレゼンスを減少させることを狙っており、南シナ海及び東シナ海において、急増した軍事力を背景に、他の沿岸諸国が領有権を主張する島嶼を巧妙な方法で奪取し、勢力圏を拡大しつつある。
中国は、他国の領土を奪うため、まず国際規約とは相容れない一方的な管轄権主張を掲げつつ、相手国の隙を狙って海警局の公船や海上民兵が乗った漁船群を次々に紛争海域に投入し、実効支配の既成事実を少しずつ積み重ねる方法で、既存の安全保障秩序を覆し、現状を変革することを狙っている。
その実例は、南シナ海での国際法を無視した管轄海域の拡大や奪った岩礁での基地建設、東シナ海でのわが国領海への常続的な侵入に見ることができる。
最近、南シナ海では実効支配中の6つの岩礁のうち5つを埋め立て、「人工島」を造成中であり、中でも最も西側にあるフィアリー・クロス(永暑)礁は、埋立ての結果、面積約1㎢の島となり、3000m級の滑走路の建設も始まった。
同礁に航空基地が完成すれば、マラッカ海峡を含む南シナ海全域が中国軍機の行動圏に入り、中国が南シナ海全域の航空優勢を獲得することとなり、南シナ海が事実上、中国の内海となる恐れがある。
東シナ海では、第1列島線を突破して太平洋へ展開することが中国にとって至上命題であり、そのためには我が南西諸島をコントロールすることが目前の戦略目標である。中国が南西諸島攻略の絶好の足掛かりとして狙ったのが尖閣諸島であり、米国との軍事対決や国際社会の制裁を招くような本格的紛争に陥る事態を慎重に避けながら、実効支配の既成事実化を図っている。
そのため海軍力の使用は控えつつも、準海軍兵力(海上民兵)と位置付けられる漁船群や他国の法規制を受けない政府公船を尖兵として次々投入している。
2014年秋には第1列島線を越えて、200隻以上の中国漁船群が小笠原諸島周辺海域に押し寄せ、太平洋への進出を目指す中国の作戦が始まったことを示した。今回の動きは、1974年4月、中国が武装漁船を含む約200隻の漁船群を尖閣諸島に送り、初めての示威行動を行った事例と酷似しており、その目的は、単なるサンゴの密漁などではなく、第2列島線上の小笠原諸島海域におけるわが国の対応や、海上警備能力を見極めるための動きであった可能性が高い。
このように中国は、軍事対決には至らないが、阻止することが困難な侵犯行為を積み重ねることによって、時間をかけながらも現状の変革を目指しており、一連の中国の行動に対して、「サラミ・スライス戦術」という呼称が国際的に定着している。
残念ながらわが国には、「サラミ・スライス戦術」に有効に対処するための総合的な国家戦略が存在しないため、対処は常に受け身に回っており、個々の事案に対し、その都度場当たり的な対応をせざるを得ない状態である。
米国も2012年にアジアへの回帰(リバランス)を宣言したものの、差し迫った他の地域での事態対処に追われ、中国の「サラミ・スライス戦術」がもたらす深刻な脅威に対処するための具体的な戦略はまだ策定していない。
その上、米国は、同盟国や友好国が抱える中国との領有権問題について、中立の立場を保っており、たとえ同盟国と中国の間で領土紛争が発生しても、米国が同盟国のために自動的に介入することは期待できない状況である。
最も懸念されるのは、中国が「サラミ・スライス戦術」によって少しずつ現状を変革して行くことにより、米国が介入できない状況が続き、その結果、米国のコミットメントに対するアジア太平洋地域諸国の不信感が高まって、米国が地域にプレゼンスを維持することが困難となる事態が生じることである。
米国のこれまでの対中関与政策は破綻したことが明らかとなった以上、今後、対中戦略の抜本的な見直しは不可欠であり、対中戦略の中軸を担う日米同盟においても戦略の再調整は避けて通れないであろう。
この中国による新しい脅威に有効に対処するには、まず中国が実施する「サラミ・スライス戦術」についての正確に認識することが前提である。
その上で中国に対して、わが国が断固として主権を守り抜き、かつ既存の秩序を打破して地域の平和と安定を乱す試みは絶対に容認しないという確固たる決意を、所要の防衛力整備や法制整備等の実際の行動によって認識させることが重要である。
その第1歩は、防衛力を目に見える形で増強することであり、そのためには、防衛費を欧州主要国と同程度のGDP比(2~3%)に増額すると同時に、政治および法制上の制約を是正して、わが国の防衛能力を最大限に発揮するための体制を整えなければならない。
また、米国との安全保障体制を一層強化し、日米両国の総合戦力が常に相手を凌駕する状態を維持することも忘れてはならない。
安全保障体制の整備に際しては、国家安全保障会議を拡充して、情勢の判断、戦略の策定及び戦略に基づく計画の実施に必要な対外調整に当たらせるため、首相直属の「国家戦略本部」を創設する必要があろう。
それと同時に、情報に関する国家戦略を策定するため、内閣情報調査室を核とした組織を拡充して、「国家情報本部」を創設することも必要であろう。
さらに、中国が仕掛ける情報戦に的確に対処し、国際法を無視した一方的な領有権主張や強引な行動に対する反駁や非難のメッセージを、国際社会に向かって積極的に発信するための内閣直属の情報発信機関も創設する必要もある。
これらの施策に加えて、安倍首相が主唱する積極的平和外交を推進するために、自由と民主主義、法の支配、人権等の価値観を共有するASEAN諸国や豪州、インドなどの諸国との安全保障協力を更に強化すべきことは言うまでもない。
ここで忘れてならないのは、中国の強引な海洋進出を牽制する上で、東シナ海と南シナ海にまたがり、戦略的に極めて重要な位置を占める台湾との緊密な安全保障協力を推進する必要性である。そのためにも「日台関係基本法」の制定は緊急、かつ不可欠の要件である。
以上を踏まえて、中国が仕掛ける巧妙な「サラミ・スライス戦術」を抑止し、有効に対処するためには、下記の事項を基軸とする政策を推進することが急務であると考える。
記
① 防衛力の強化
- 首相直属の「国家戦略本部」及び「国家情報本部」の創設
- 防衛関係費の顕著な増額による自衛隊及び海上保安庁の増強
- 総合防空ミサイル防衛(IAMD)、対艦・対潜能力、島嶼防衛能力、対テロ戦能力の強化及び敵基地制圧能力の構築
- 中国が実施するサイバー戦及び「三戦(世論戦、法律戦、心理戦)」に対処するための攻防兼備した戦略の策定及び能力の強化
- 上記関連で、情報戦に対処し、国際法を無視した一方的な領有権の主張や強引な行動に対する反駁と非難のメッセージを国際社会に向けて積極的に発信するための内閣直属の情報発信機関の創設
- 都市、中枢基地、エネルギー・生活関連施設等重要インフラの抗堪性の強化
- 信頼できる拡大核抑止力の確保のための必要な措置
② 法制面の整備
- 自衛権や国軍の保持を含む憲法第9条の改正
- 集団的自衛権の行使容認を具体化するための安全保障法制の早期整備
- 「専守防衛」及び「非核3原則」の見直し
- グレーゾーン事態に有効に対処するための「領域警備法」の制定
- 自衛隊に諸外国と同様の国際法規・慣例に基づく軍隊としての権限の付与
- 自衛隊の権限に関する法律を「ネガティブ・リスト」方式とするための改正
- 武器使用等権限の拡大等、海上保安庁、警察の権限の強化
- 「日台関係基本法」の制定
③ 日米同盟の再強化
- 対「接近阻止/領域拒否」戦略、対中防衛戦略等の米国とのすり合わせ、調整の実施
- 自衛隊と米軍の間の協力関係に限らず、海上保安庁と米国沿岸警備隊との協力関係の一層の緊密化による、中国の能力を凌駕する日米両国の総合防衛警備能力の整備・維持
- 中国による南シナ海の内海化阻止のための日米両国による南シナ海の合同哨戒
④ 諸外国との安全保障協力の推進
- 豪州、インド、フィリピン、ベトナム、マレーシア、インドネシア、ブルネイとの情報交換及び所要の経済、技術、教育訓練等の支援の推進
- 戦略的に極めて重要な場所に位置する台湾との安全保障協力を推進するための「日米台戦略対話フォーラム」の創設
- 東シナ海及び南シナ海における多国籍海軍共同演習の積極的実施
- アジア太平洋地域における日米同盟を基軸とした有志連合による常設艦隊の創設と集団航行の実施
【2015政策提言:参考資料1】中国の新膨張戦略
日本李登輝友の会 常務理事 川村 純彦
中国は、遅れて戦後体制に加わった共産党独裁政権の国家であり、拡張指向を内包したまま、一党独裁体制維持のためには手段を選ばない国家である。
現在中国は、習近平国家主席の指導の下、「中華民族の偉大な復興」の夢を実現するため「海洋強国」を建設し、米国と太平洋を分割統治することを狙って海洋への進出を続けている。
中国の目標は東アジアにおける覇権の獲得であるが、その最大の障害は米国の軍事プレゼンスである。
既に日本本土、沖縄諸島、台湾、フィリピン、ベトナムを結ぶ「第1列島線」の内側海域で敵の行動を拒否する能力をほぼ獲得した中国にとって、次の命題は、「第1列島線」を突破して外洋に進出することである。
中国は有事、進攻して来る強力な米海軍に対処するため、対艦弾道ミサイルや潜水艦を中核とする接近阻止/領域拒否/(A2/AD)能力の獲得を目指す一方、平時には自国の勢力圏を拡大することで、米国の軍事プレゼンスの減少を図っている。その一環として中国は、南シナ海及び東シナ海において、軍事力を背景に、他の沿岸諸国が領有権を主張する島嶼を巧妙な方法で奪い取る挙に出た。
その手順は、まず、国際規約とは相容れない一方的な主張を掲げて領有権を主張しつつ、相手国の隙を狙って海警局の公船や漁船を次々に紛争海域に投入し、実効支配の既成事実を少しずつ積み重ねることで既存の安全保障秩序を覆し、現状を変革しようとするものである。
中国の海洋進出は、相手が強大である場合、または相手が弱くても激しい抵抗が予想される場合、あるいは国際社会からの強い非難が予想される場合には、力による対決を慎重に避けつつ、武力行使に至らない範囲で既成事実を少しずつ積み重ねることによって、時間をかけながら最終的に目的を達成する方法であり、このような中国の動きについて、「サラミ・スライス戦術」という呼称が国際的に定着している。
中国は、「サラミ・スライス戦術」による海洋進出に加えて、サイバー戦、情報戦の領域においても国際社会に挑戦を続けており、これらはわが国にとって深刻な脅威であると同時に、アジア太平洋地域の平和と安定を脅かす最大の不安定要因でもある。
南シナ海において中国は、1974年に西沙諸島の永興島(ウッディ島)を、1988年には南沙諸島の赤瓜礁(ジョンソン南礁)をベトナムから武力で奪って以来、南シナ海への進出を本格化させた。その上1992年には国際規範を無視して「領海法」を制定し、南シナ海の約8割の海域を自国の管轄圏であると主張している。
最近では、南シナ海で実効支配中の6つの岩礁の内の5つを埋め立て、「人工島」を造成する工事を行っている。中でもフィアリー・クロス礁(永暑礁)は、埋め立てにより面積が約1㎢、3000m級滑走路の建設も始まった。
同礁に軍用飛行場が完成すれば、マラッカ海峡を含む南シナ海全域が中国軍機の行動圏に入り、南シナ海の戦略情勢は中国有利に大きく傾くこととなろう。
一方、東シナ海では、太平洋への展開を図る中国にとって、第1列島線を突破することが至上命題であり、南西諸島を勢力圏に収めることが目前の戦略目標となっている。
中国が、南西諸島攻略の絶好の足掛かりとして狙ったのが尖閣諸島であり、これまで米国との軍事対決や国際社会の制裁を招くような本格的紛争に陥る事態を慎重に避けながら、実効支配の既成事実化を目指して、海軍力の投入は控えるものの、準海軍兵力(海上民兵)と位置づけられる漁船群や他国の法規制を受けない公船を尖兵として次々投入している。
2014年秋には200隻以上の中国漁船群が小笠原諸島周辺海域に押し寄せ、第2列島線を目指す中国の作戦が始ったことを示した。漁船群の目的は、単なるサンゴの密漁などではなく、中国海軍が第2列島線まで進出を図る上で第2列島線上にある小笠原諸島海域のわが国の対応や海上警備能力を見極めるための動きであった可能性が高い。今回の動きは、1978年4月、中国が武装漁船を含む約200隻の漁船群を尖閣諸島周辺に送り、初めての示威行動を行った事例と酷似している。
我々は、中国がこのように軍事対決に至らないながら侵犯行為を積み重ね、時間をかけながら最終目的の達成を目指す中国の戦術を見逃してはならない。
残念ながらわが国には現在、「サラミ・スライス戦術」に効果的に対処するための総合的な国家戦略が策定されていないため、対処は常に受け身に回っており、事案が発生する度に、場当たり的な対応をせざるを得ない状態である。
一方、米国は、2012年にアジアへの回帰(リバランス)を宣言し、2020年までに米海軍兵力の6割をアジア太平洋地域に配備すると発表した。しかし、米国も「サラミ・スライス戦術」がもたらす深刻な影響について意識はしているものの、A2/AD対策に追われていることもあって、差し迫ったこの脅威に対処するための具体的な戦略策定にはまだ至っていない。
また米国は、同盟国や友好国が抱える中国との領有権問題について中立の立場を保っており、たとえ同盟国と中国との間に領土紛争が発生しても、米国が自動的に介入することは期待できない状況にある。
最も懸念されるのは、中国が「サラミ・スライス戦術」によって少しずつ現状を変革して行けば、米国が介入できない状況が続き、その結果、米国のコミットメントに対する地域諸国の不信感が高まって、米国が地域にプレゼンスを維持することが困難となる事態が生じることである。
このような現状を放置すれば、中国がさらに軍事的足場を拡大し、加速度的に既存の安全保障秩序に対する挑戦を拡大ことは明らかであり、地域情勢が一段と緊迫度を増すことは必定である。
米国のこれまでの対中関与政策が破綻したことが明らかとなった以上、対中戦略の抜本的な見直しは不可欠であり、対中戦略の中軸を担う日米同盟においても戦略の再調整は避けて通れない問題である。
アジア太平洋地域で危惧される事態には以下が含まれる。
南シナ海:
・南シナ海方面への中国海空軍力の増強
・「人工島」への軍用機の配備と運用の開始
・排他的な防空識別圏の設定と「飛行の自由」に対する挑戦
・他国の艦艇・航空機の行動に対する妨害・威嚇行為の増大
・中国の漁業規制に従わない外国漁船・乗組員の拿捕
・近隣諸国の主張する排他的経済水域(EEZ)内での独善的海洋資源開発
・戦略ミサイル原潜(SSBN)の戦略パトロール
東シナ海:
・中国軍艦・公船による尖閣諸島の領海侵犯、接続水域への侵入の増加
・中国漁船群の領海侵入と不法操業の増加
・漁民に偽装した民兵・工作員等の尖閣諸島などの離島に対する不法上陸
・中国の偽装漁船と巡視船の衝突の頻発
・中国による外国船・乗組員の拿捕
・尖閣諸島周辺の領空侵犯、防空識別圏への侵入の常態化
・尖閣諸島領空への無人機の侵入
・わが国周辺の空海域における中国軍の行動や演習の増加
・沖縄に対する中国の領有権の主張と沖縄の反米軍基地闘争への支援
・台湾に対する軍事的圧力の増大
このような中国の脅威に有効に対処するには、まず中国が実施する「サラミ・スライス戦術」について正確に認識することが前提である。その上で、わが国の主権を守り抜き、かつ既存の秩序を打破して勢力圏の拡大を図る中国の試みを絶対に容認しないという確固たる決意を、所要の防衛力整備や法制整備等の実際の行動によって中国に認識させることである。
同時に、普遍的価値観を共有する自由・民主主義諸国や戦略的に重要な位置にある台湾との協力を一層強化して、安倍首相が掲げる積極的平和主義を全力を挙げて推進すべきことも忘れてはならない。
これら対応策の第1歩は、防衛力を目に見える形で増強、すなわち防衛費を少なくとも欧州主要国と同程度のGDP比(2~3%)に増額し、同時に政治及び法制上の制約を是正して、わが国の防衛能力を最大限に発揮するための体制を整えることである。
併せて、米国との安全保障体制を一層強化し、日米両国の総合防衛力が常に相手を凌駕する状態を維持することは言うまでもない。
安全保障体制の整備に際しては、国家安全保障会議を拡充して、情勢の判断、戦略の策定及び戦略に基づく計画の実施に必要な対外調整等に当たらせるため、首相直属の「国家戦略本部」を創設する必要がある。
それと並行して、情報に関する国家戦略を策定するため、内閣情報調査室を核とした組織の拡大により、「国家情報本部」を創設することも必要であろう。
これらの施策に加えて、安部首相が主唱する積極的平和外交を推進するために、自由と民主主義、法の支配、人権等の価値観を共有するASEAN諸国や豪州、インドなどの諸国との安全保障協力を更に強化する必要がある。
この際特に留意すべきは、中国の海洋進出を牽制する上で、東シナ海及び南シナ海にまたがる極めて重要な戦略的位置に在る台湾との協力の重要性である。
台湾と日米同盟間の緊密な安全保障協力は地域の平和と安定にとって不可欠であり、その協力推進のためにも「日台関係基本法」の早急な制定が望まれる。
一方、わが国としては、中国に対して不必要に敵対的な姿勢を採る必要はなく、中国に軍事の透明性を求め、海上や空中における偶発事故の防止や誤判断による事態の拡大を防止するためにも、中国との対話は継続する必要がある。
以上述べたことを踏まえ、わが国が、中国の勢力圏拡大のための巧妙な「サラミ・スライス戦術」を抑止し、有効に対処するには、次の事項を基軸とする施策を推進することが急務である。
① 防衛能力の強化
・首相直属の「国家戦略本部」及び「国家情報本部」の創設
・防衛費等の顕著な増額による自衛隊及び海上保安庁の増強
・総合防空ミサイル防衛能力(IAMD)、対艦・対潜能力、島嶼防衛能力、敵基地制圧能力及び対テロ戦能力の強化
・中国が実施するサイバー戦及び「三戦(世論戦、法律戦、心理戦)」に対処するための攻防兼備した戦略の策定及び能力の強化
・上記関連で、中国が仕掛ける情報戦に対処するため、国際法を無視した一方的な領有権主張や強引な行動に対する反駁と非難のメッセージを国際社会に向けて積極的に発信するための内閣直属の情報発信機関の創設
・都市、中枢基地、エネルギー・生活関連施設等重要インフラの抗堪性強化
・信頼できる拡大核抑止力の確保のための必要な措置
② 法制面の整備
・自衛権や国軍の保持を含む憲法9条の漸進的改正
・集団的自衛権の行使容認を具体化するための安全保障法制の早期整備
・「専守防衛」及び「非核3原則」の見直し
・グレーゾーン事態に有効に対処するための「領域警備法」の制定
・自衛隊の権限に関する法律を「ネガティブ・リスト」方式とするための改正
・自衛隊に諸外国と同様の国際法規・慣例に基づく軍隊としての権限の付与
・武器使用権限の拡大等、海上保安庁、警察の権限の強化
・「日台関係基本法」の制定
③ 日米同盟の再強化
・対A2/AD戦略、対中防衛戦略等の米国とのすり合わせ、調整の実施
・自衛隊と米軍の間の協力関係に限らず、海上保安庁と米国沿岸警備隊との協力関係の一層の緊密化による、中国の能力を凌駕する日米両国の総合防衛警備能力の整備・維持
・中国の南シナ海聖域化阻止のための日米両国による南シナ海の合同哨戒
④ 諸外国との安全保障協力の推進
・豪州、インド、フィリピン、ベトナム、マレーシア、インドネシア、ブルネイとの情報交換及び所要の経済、技術、教育訓練等の支援の推進
・戦略的に極めて重要な場所に位置する台湾との安全保障協力を推進するための「日米台戦略対話フォーラム」の創設
・東シナ海及び南シナ海における多国籍海軍共同演習の積極的実施
・日米同盟を基軸とした有志連合による常設艦隊の創設と集団航行の実施
【2015政策提言:参考資料2】日本の安全保障と台湾
NPO法人岡崎研究所 理事 金田 秀昭
台湾は、日本にとって一衣帯水の隣国であるのみならず、地域を貫通する国際的に枢要な海上交通路における顕著な航路交差点(チョークポイント)に位置しており、隣国である海洋国家日本の生存と繁栄にとって、その戦略的な重要性は論を待たない。日本の同盟国である米国もまた、中台間に危機が生じるたびに軍事介入してきた歴史的経緯を見るまでもなく、台湾をアジア太平洋地域における対中国戦略上の枢要なパートナーとして見ている。中国が、地域や台湾に対し、政治、軍事、経済面での圧力を強めている中で、台湾が民主主義国家として厳然として存立しつつ、先進国家として発展を続ける「政治的価値」と、台湾が固有に持つ地域安全保障・防衛上の「戦略的価値」とは、取り分け日米両国にとって致命的に重要な意義を持っている。
このことは次に述べるように、台湾が中国の支配下になったと仮定した場合、どのような状況が生起し、何を失うかということを分析すれば、日米両国や地域にとっての台湾の重要性が明白となり、日米同盟と台湾の安全保障・防衛上の関係強化の必然性が導き出される。
第1に、日本の防衛にとって致命的な打撃をこうむるとともに、国際的な大きな影響を与える。結果的に台湾に中国が軍事力を常続的にプレゼンスすることになれば、地域戦略上、最重要な台湾周辺海域の軍事、商業利用が阻害され、日米両国にとって生命線とも言うべき軍用、商用海上交通路への致命的な脅威となる。
第2に、中国という非民主的な一党独裁国家により台湾が支配されることになれば、東アジア・西太平洋地域全体で動揺が広がり、各国の民主化の定着や発展、民主的プロセスによる国家運営など、内政、外政の何れにも悪影響を及ぼす。
第3に、台湾における民主主義の挫折により、中国の東南アジア諸国への圧力に対抗する防波堤が決壊、消滅する結果、ドミノ的に中国(中華)化が進捗する可能性が高まり、戦後営々と築き上げてきた同地域での日本の政治的・経済的影響力を喪失する。
第4に、台湾国民は、日本による統治という経験を有しながらも、アジアの中でも突出して、日本および日本国民に好意を寄せる友好国であり、この得難い真の友邦を見捨てることに伴う損失は計り知れない。
第5に、台湾防衛は米国のコミットメントの証しであり、この失敗は米国の国際政治上の重大責任の回避を意味し、米国の権威失墜は不可避となる。
一方の中国にとっても、台湾は戦略的に重要な意味を持つ。東シナ海と西太平洋の境界線となる南西諸島は台湾本島と接し、中国のいう第1列島防衛線を構成しており、大型爆撃機や水上艦、潜水艦を含む中国海空軍部隊が、西太平洋方面に侵出する際には、わが国の南西諸島列島線か台湾周辺海域を通過しなければならない。中国が台湾を支配下におけば、自由な戦略的通航路を得たことになる。このように中国にとっても、「核心的利益」とする台湾の戦略的位置づけは、致命的に重要な意味合いを持つだけでなく、何としても中国の支配下に置いて、台湾を基点に、有力な軍事力を西太平洋に展開したいと考えることであろう。
国民党の馬政権は、中国に傾斜した融和政策をとってきたが、李登輝政権以来、自由で開かれた民主主義を享受してきた大多数の台湾国民は、如何なる形にせよ共産党による一党独裁国家である中国の支配下に入ることは望んでいない。2014年3月、中台間のサービス分野の市場開放を目指す「サービス貿易協定」を強権的に批准しようとした馬政権に対し、危機感を抱いた学生活動家の「ひまわり運動」によって国会(立法院)が占拠され、批准は阻止された。台湾国民の大多数は、この運動を支持することにより、中国の進める統一政策に明確に反対する意思を表明し、馬政権と中国の目論見は挫折した。
台湾は、日米など価値観を共有する自由民主主義国家との共生や、これら諸国からの力強い支援を強く望んでおり、とりわけ安全保障面では、日米との関係強化を望んでいる。しかしながら、中台の軍事バランスは、近年急速に中国優位に傾いており、中国からの軍事的圧力も次第に強まりつつある。今こそ、日米両国は、台湾の持つ「政治的価値」と「戦略的価値」に関する認識を改めて共有し、いわば運命共同体的意識を高め、日米台3国の、より踏み込んだ安全保障・防衛協力関係を構築して、一丸となって中国による台湾支配の覇権的野心を阻止すべきである。
ではそのために、日米両国は、如何なる対応策を採れば良いのか。両国は、1970年代に台湾との正常な国交を断絶したが、曲がりなりにも米国は、台湾関係法により安全保障・防衛面での台湾支援を続けており、1956年の台湾海峡危機など、繰り返された中台衝突の危機に際しては、実力を持って中国を牽制してきた。しかし一方の日本は、中国からの圧力を恐れる余りか、国家としての明示的な支援は一切なされてこなかった。今日、米国の政治、経済、両側面での影響力に翳りが見え始め、代わって中国のあからさまな覇権的振る舞いが目立ち、米中の軍事バランスも、米国絶対優位とまでは言えなくなって来た今、日本が採るべき方策は何か。
アジア太平洋地域における大陸パワーと海洋パワーの対立という図式で見た場合、海洋にも侵出して地域の覇権を獲得しようとする大陸パワー中国に対し、広大な海域を含む地域全体に影響力を持つ枢要な海洋パワーである米国とともに、重要な海洋パワーとしての位置付けを持つのは、中国の前に立ち塞がる日本と台湾である。日米台は、海洋パワーとして、一致して大陸パワー中国の太平洋方面における海洋覇権を阻止すべく連携して行動しなければならない。それは地域の民主的かつ安定的な環境を維持し発展させるためにも必須だからである。
日米台の3カ国は、地政学的環境、地勢的条件、国土面積、言語、民族、宗教、文化などの面で、異なる特性を有する一方、海洋国家としての基本的条件を共有し、国家の生存と繁栄を、海洋の自由利用に大きく依存するという共通点を有している。海洋を通じた繁栄の根拠を提供するものは、日米台に共通する自由で開かれた民主主義という国家体制である。
しかし日米台3カ国の安全保障上の関係は万全ではない。日米間には強固な同盟関係があり、米台には正式な国交関係はないものの「台湾関係法」による防衛装備面での事実上の支援関係が存在し、また1996年の台湾海峡危機時の2個空母機動部隊の部隊展開など、時々の政権による若干の「揺れ幅」はあるものの、米台が「実質的な同盟(Virtual Alliance)」関係にあることは立証されてきた。この「2辺」に比較し、日台の関係は、極めて曖昧である。この主因は、日本側の対中弱腰外交に基づくものであるが、今後は経済、産業、文化といった面での交流のみならず、外交、防衛、保安などをも含め、少なくとも「実質的な準同盟(Virtual Semi-Alliance)」に近づけていくことが重要である。
日本は第2次安倍政権下、2013年12月に策定された「国家安全保障戦略」に示された「国際協調主義に基づく積極的平和主義」という新たな国家理念に基づき、戦後一貫して続いた一国平和主義の呪縛から漸く脱却し、国際協力活動において国力、国情に見合った貢献をする方向に転ずる国家意思を示し始めた。集団的自衛権の行使や集団安全保障措置への参加を巡る憲法解釈を巡る論議が、与党内協議など国会に場を移して活発化し、順調に行けば、閣議決定、自衛隊法など関連法規の改定案の審議を経て、年末の日米防衛協力指針などの改訂に結びつくこととなっている。この際、日本が台湾を集団的自衛権を行使するに当たっての対象国として含むのは当然として、現状、朝鮮半島事態を想定するに留まっている日米防衛協力指針の改訂においても、台湾海峡事態も視野に置く方向で改訂されるべきである。
米国は冷戦終了後も、その卓越した軍事力により、世界の警察官として、グローバルな平和の創生と維持に少なからず貢献してきたが、目下、国内外に多くの課題を抱える中にあって、第2次オバマ政権は、シリア問題やクリミア問題に見るごとく、今や国際的な指導力を著しく失いつつある。同政権は、アジア太平洋地域を重視する政策にシフトするとの方針を形式的には見せているものの、国防費の大幅削減などを迫られる中で、その実現は容易ではなく、地域の同盟国や友好国による、かつて無い規模の安全保障面での支援、協力を必要とする状況にある。
今回の南シナ海での海底開発に関する中越衝突を契機に、米国は、明確に対中姿勢を変化させた。2014年6月はじめのシャングリラ会議で、ヘーゲル国防長官は、本件を含めた中国の止まることのない覇権的振る舞いについて、中国を名指しで非難した。これに対して、日本やASEAN諸国のみならず、欧米参加者なども同調する姿勢を鮮明にし、中国代表(国防部長は招待を断り、格下の人民解放軍副総参謀長が出席)が立ち往生する始末となった。
台湾は、民主化という点では最も後発であるが、中国との政治的、軍事的対立関係を維持したまま、目覚しい経済的発展を遂げ、東南アジアの中国(中華)化の防壁として存在し、また既に触れたように、その地政学上の戦略的価値は疑いも無く大きい。台湾は政治的停滞が続き、馬政権の急速な中国よりの姿勢が見られ、その成り行きが地域社会から心配されていたが、今回の「ひまわり運動」が政界再編の契機となって、台湾国民を台湾自立の方向に覚醒させ、台湾の独立志向を強固なものにしていく可能性が高いと考えられる。
日中関係の現状を見ると、尖閣諸島、東シナ海の排他的経済水域(EEZ)に係る日中境界線(中間線か大陸棚か)、沖ノ鳥島の国連海洋法条約上の位置付け(島か岩か)など、領土や権益に絡む係争が現実問題として存在し、最近これらの問題に関して、中国が日本に対し、あからさまに強圧的な対応を繰り返すようになった。近年は、尖閣諸島領海内での中国漁船の海保巡視船への意図的衝突、東シナ海や西太平洋での中国艦隊の行動や、この動きと連動していると見られる大型爆撃機H-6の編隊航行、早期警戒機Y―8や無人偵察機などによる示威行動などが常態化している。特に2012年9月の日本政府による所有権移転後は、海監や漁政などの政府公船(現在は海警に統一)による尖閣諸島での再三にわたる領海侵犯や不法活動、海監所属機の領空侵犯などに加え、中国海軍フリゲート艦による海自護衛艦へのFCレーダー照射、独善的な防空識別区(ADIZ)の設定、公海上で監視飛行中の自衛隊機への無警告異常接近など、日本にとって看過できない問題が頻発している。
米中関係の現状を見ると、米国は、冷戦終了後、その時々の世界情勢や米国内事情を反映する形で、対中国姿勢を変化させてきたが、基本的には、その非民主的政治体制、党に隷属する軍といった体制的問題や人権弾圧、米大陸を攻撃可能な弾道ミサイルの保有やその増強、海空兵力強化を伴う覇権的な海洋侵出などから、アジア太平洋地域における米国のパワーゲームの競争相手、最大の潜在的対立者として位置付けており、中国の軍事力の強化を警戒している。
中台関係の現状を見ると、中国は、台湾は中国の一部であり、台湾問題は中国の内政問題であるとの立場で、「一つの中国」の原則を主張してきた。同時に中国は、台湾を「核心的利益」と位置づけ、台湾への武力行使の条件として、①台湾の独立宣言、②外国による台湾の占領、③台湾当局による統一問題平和解決協議の無期限の拒否、の三点を示すなど、政治的恫喝や軍事的脅迫という形で、台湾の武力統一の可能性も繰り返し表明している。
では軍事面に焦点を当て、日米台と中国の関係を見るとどうなるか。
中国は、東シナ海や台湾周辺海域のみならず、日本周辺海域、南シナ海、西太平洋への覇権的な海洋侵出を図り、また近年は、海空軍兵力を中心に戦力を急速に近代化し、止め処なく勢力の拡張を図っている。現時点では既に、海空軍の能力は、量のみならず、質的にも台湾の海空軍兵力を凌駕している。特に、台湾を射程に収める短距離弾道ミサイルの異常に速いテンポでの増強は、台湾の国民に多大な不安を与えている。
しかし中国が台湾に本格的に侵攻する際に、最大の障害となると意識しているのは、台湾の戦力ではなく、米国の動向、特にその強大な海空軍事力である。即ち、中台関係は、少なくとも軍事面から見れば、米中関係とほぼ同義であると認識すべきである。
台湾攻略のためには、中国は、米国との軍事対決をも辞さない覚悟が必要となるが、軍事対決の様相は、地勢的に見て、必然的に海上や航空における軍事的優勢(海上・航空優勢)を巡るものとなる。中国が台湾攻略に本気になればなるほど、米国の海空軍事力との衝突は避け難くなる。中国が台湾攻略における不敗の態勢整備を進めていこうとする過程で、東アジア・西太平洋での軍事的優位を維持しようとする米国との摩擦が顕在化していくことは不可避となる。そのため中国は、以前から、対外的には台湾統一を口実としつつ、実質的には台湾の先、即ち米軍事力との対決を念頭において、本格的な軍事力の整備に着手してきた。現在では、接近阻止・領域拒否(A2/AD)と称される対米戦略構想(2009年米国防省報告「中華人民共和国の軍事力」)にその特徴が示されるように、台湾周辺海域や西太平洋における対米阻止戦略の確立を目指して、成長を続ける経済力を背景に軍備を増強しつつあり、近年の政治指導者は、覇権主義に突き進む国家意識を隠そうともしない。
中国は、1980代中期に「近海防御戦略」を立案し、以後それを発展させてきた。南西諸島、台湾、フィリピン、ボルネオ島を結ぶ第一列島防衛線を絶対防衛線とみなし、その内側にある南シナ海や東シナ海の島嶼部に軍事拠点を構築する一方、現在では強襲揚陸能力を含む多種多様な軍事力(海上民兵などの準軍事力を含む)を展開している。このようにして軍事的に他国の利用を拒否し、自らが管制可能な海域に仕立て上げる「領域拒否(AD:Area Denial)」構想を打ち立てており、南シナ海や東シナ海での中国の強引かつ強圧的な動きの原理となっている。最近では中国の公的な見解として、これら海域も台湾と同様に「核心的利益」と呼称されるようになった。
一方、第一列島防衛線の外側の西太平洋海域では、米海空軍力の接近を阻止する「接近阻止(A2:Anti-Access)」構想を有しており、航空母艦、原子力潜水艦、ステルス戦闘機、長距離爆撃機などの海、空軍力の近代化、増強をはじめ、長射程の対地・対艦用の弾道・巡航ミサイルや、宇宙兵器、サイバー戦能力を大幅に強化している。これらに加え、ゲリラ・コマンドウや機雷敷設など、従来型の非正規戦能力も維持している。即ち中国は、第一列島防衛線の内外に二段構えの防衛態勢を構成するA2/AD構想の実現を目指し、軍事拠点や軍事力の増強を図っているのである。最近の米議会報告によれば、中国は2020年までに艦艇建造数で世界一となると同時に、ロシアの現在の軍事技術水準に達し、2030年には米国の現在の軍事技術水準に達するであろうと見積もられている。
台湾は馬英九総統が提唱する「固若磐石(磐石のように堅固)」の国防建設の方針のもと、「防衛固守、有効抑止」を内容とする軍事戦略を採り、総兵力を大幅に削減しつつ、徴兵および志願兵から構成されている台湾軍を、2014年末までに完全志願制に移行させることを目指している。
現在、台湾軍の兵力は、陸上戦力が陸軍39個旅団および海軍陸戦隊3個旅団などの約21万5,000人であり、このほか、有事には陸・海・空軍合わせて約165万人の予備役兵力を投入可能であると見られている。海上戦力については、米国から導入されたキッド級駆逐艦に加え、近くペリー級フリゲートも導入する予定である。航空戦力については、F-16A/B戦闘機、ミラージュ2000戦闘機、経国戦闘機などを保有している。台湾軍は、先進科学技術の導入や統合作戦能力の整備を重視しているが、装備の近代化が依然として喫緊の課題となっている。米国防省はこれまで台湾関係法に基づき台湾への武器を売却しているが、台湾側が購入を希望しているF-16C/D戦闘機や潜水艦などについては進展が無く、今後の対応が注目される。
近年、中国が軍事力の近代化を急速に進めた結果、中台の軍事バランスは、全体として圧倒的に中国側に有利な方向に傾いており、今後は、台湾自身の軍事力の近代化や、米国による台湾への武器売却などが鍵となっている。中台の軍事力の現状を比較すれば、①中国の台湾本島への着上陸侵攻能力は限定的であるが、近年、中国は大型揚陸艦の建造など着上陸侵攻能力の向上を図っている。②海・空軍力については、中国が量的に圧倒しており、質的にも、近年、中国の海・空軍力の近代化が著しい。③中国は、台湾を射程に収める短距離弾道ミサイルを多数保有しているが、台湾は有効な対処手段に乏しい。
台湾本島周辺の作戦地域の特徴を見ると、①本土に近接している金門、馬祖、澎湖諸島については、要害化されているが民間人も多数居住している。②台湾海峡については、艦船の可航幅は、130~160km程度であり、全般に水深100m以浅で潜水艦の行動には不適であり、台風期には渡海・経空作戦は困難である。③本島周辺では、西岸はほぼ全面的に遠浅で、かつ泥濘状態であることから上陸作戦には非常な困難を伴う。特に民間徴用の漁・商船による上陸への利用は著しく困難を伴う。④本島においては、西部に政経中枢、重要軍事基地、主要交通網が集中し、東部では軍事基地、交通網を開発中である。⑤台湾東(与那国西)海峡及びバシー海峡では、艦船の可航幅は事実上無制限、水深は100m以深であり、また急速に1,000m以深となる海面に恵まれており、潜水艦の行動に適しているが、台風期には、水上・航空作戦は困難となる。
これらを踏まえれば、軍事的には、中国の台湾侵攻能力は急速に向上しつつあるものの、手段、時期、作戦正面等で制約を受けるとともに、少なくとも現在の国際環境を踏まえれば、政治的な考慮から、依然として限定的なオプションしか選択せざるを得ないであろう。
現時点で大規模な準備なしに実施できる軍事的オプションとしては、決定的な攻略ではない、懲罰的な意図を持って行うシナリオであり、①政経中枢、軍事施設等への弾道・巡航ミサイル攻撃、②政経・情報中枢や軍事目標へのサイバー攻撃とテロ、扇動等の非正規戦など、が考えられるが、台湾側の頑強な抗戦意欲があれば、侵攻目的を達成することは出来ないであろう。
一方、数年後、米国が台湾防衛意欲を失う気配を見せるなど、国際環境が劇的に変化し、更に中国が台湾侵攻に十分な能力を保持するに至ったと自覚した場合における、一定規模の準備、または本格的な準備を必要とする単独または複合の軍事侵攻オプションとしては、サイバー戦などの非正規戦を併用しつつ、③金門・馬粗や澎湖諸島など離島への侵攻、④海上封鎖、⑤海上兵力、政経中枢、軍事施設等への精密弾道・巡航ミサイル攻撃および航空攻撃、⑥台湾本島への限定的渡海・経空侵攻、⑦台湾本島への本格的経空・渡海侵攻などが考えられる。いずれの場合も、中国としては、米軍が来援する以前に台湾の制圧という既成事実を作為するとともに、対米(日)軍来援阻止のための戦略核兵力、弾道・航ミサイル、近代的海空兵力を控置する必要がある。
では、台湾の政治的価値と戦略的価値を踏まえ、日本の採るべき対応は如何にあるべきか。
繰り返しになるが、一衣帯水の隣国である台湾は、日本にとって地政学上も、戦略上も重要な位置を占めると同時に、北東アジアの海上交通路の隘路(チョーク・ポイント)となっており、日本や地域全体の安全保障上、重要な意味を持つ。仮に、台湾が中国によって政治的かつ軍事的に制圧された場合、日本は政治面、経済面のみならず、軍事面でも大きな打撃を受けることは自明の理であり、日本は台湾有事に際し、米国と共同歩調を図りつつ、台湾を軍事的にも支援するための行動を採るべきである。
ここで台湾有事における日米台の安全保障関係を考えた場合に重要となるのは、日本政府が「権利は保有しているが行使できない」とする憲法解釈由来の神学論争から脱して、集団的自衛権の問題に現実的に向き合うべきであるということである。そして同盟国である米国は当然として、必要な場合に、台湾への「集団的自衛権の行使」を可能とする条件を明確化し、更に「武力行使の一体化」といった派生する問題も是正すべきである。
即ち、台湾有事をも想定しつつ、今後の日台安全保障・防衛関係のあるべき姿を求めて見た場合、安保法制懇の答申に基づく集団的自衛権の行使等に関する議論を踏まえた上で、今後、日本政府として取り組むべきことは、①2014年末を目処に改訂作業が進んでいる日米防衛協力指針の中で、台湾を日米共同による防衛協力対象(周辺事態)として明示すること、②日米台の安全保障・防衛協力を進展させること、③一定の条件の下、台湾を集団的自衛権の行使の対象とすること、④これらを総合した形で、日台関係基本法を制定することである。
更に、日米台3カ国は、近年、中台問題に余り関心を寄せなくなった国際社会に対し、台湾の政治的、戦略的重要性を十分に認知させるための努力を払うべきである。そのための有力な手段の一つとして、国際的な海上安全保障グループの一員として台湾を参入させることが近道となる。即ち、世界を貫通するシームレスな海上交通路が何らかの形で妨害行為を受け、自由な航行が確保されない惧れが生じた場合などにおいて、広域の海洋安全保障協盟(MSC:Maritime Security Coalition)による協力活動の推進のために、台湾にも役割を背負わせることである。MSCは、日米が主軸となり、アジア・オセアニア・インド洋・中東・欧州・アフリカ・北極海など、枢要な海上交通路が所在する地域のメンバーで、日米台3国と価値観を共有する良識ある民主主義海洋国家、即ち、ASEAN諸国、豪州、インド、GCC・東アフリカ諸国、NATO・北欧諸国などにより構成される、緩やかであるが、シームレスかつグローバルな海洋安全保障「有志連合」である。
一方、日本として、台湾に安全保障・防衛面で期待するのは、自由民主主義国家としての自国の防衛に加えて、周辺海域やシーレーンの防衛能力向上の真剣な取組みである。台湾として、先ずは米国から導入中の強化されたC4ISR機能を有する海空を主体とする近代的装備の実際的運用に全軍が速やかに習熟して、「総合的な(Comprehensive)制海・制空能力」という近代戦遂行能力を獲得するための努力に国家の総意として邁進することが望まれる。その上で将来に向け、戦略的対潜戦遂行、広域情報収集、弾道・巡航ミサイル防衛、洋上防空などの能力の保有に着意していく必要があると考える。
「ひまわり運動」を契機として、今、台湾の民意は大きなうねりを伴って動きだしたと予感される。その台湾に頼みたいことがある。台湾は、中国の言う(元々1947年に当時の中華民国が主張した)南シナ海の11段線(現在は9段線とも10段線ともいう)の由来を、証拠を示して国際社会に明らかにし、南シナ海問題の抜本的解決に貢献してほしいということだ。南シナ海問題の根本的解決のためとして、米国の研究者が提案した。台湾は、当時の領有権主張の根拠を国際社会に明確にすることにより、国連海洋法条約など国際法に則した現時点での台湾の領有権主張を正当にアピールすることができる。ASEAN諸国は、既に領有権紛争を法に則して解決することに合意している。中国は、従来曖昧にしてきた南シナ海領有権等の主張や国内法体系について、2000年前の怪しげな古文書などに正当性を求めるのではなく、近代の歴史や国際法に則して詳しく説明する責任が出てくる。
台湾は厳然たる独立国家として、国際社会への正式な参入が許されるべきだが、中国の強烈な反対があり、国際社会からも余所余所しくされている。台湾が勇気を奮ってこの挙に出れば、国際社会は、台湾を良識ある独立国家として正式に受け入れるであろう。MSCへの参画も可能となる。今こそ本問題への抜本的な解決のため、台湾の決意が必要となっている。勿論、日米は大歓迎する。
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