本会メールマガジン『日台共栄』第2523号で、台湾の両岸政策協会が11月8日に「馬総統が首脳会談で台湾の主権や利益を守り、主張したと思うか」という世論調査をしたところ、「そう思う」が32.9%、「そう思わない」が46.8%という結果だったことを紹介した。
馬英九総統が上機嫌で帰台したのと裏腹に、台湾の民意は「歴史的会談」を冷静に受け止めていた。
この馬習会談について、外務省時代に北米局で日米安全保障条約課長などをつとめ、大学時代には国立台湾師範大学に留学経験もある評論家の宮家邦彦氏も、産経新聞に連載の「宮家邦彦のWorld Watch」で「実態は同床異夢」と冷静な分析を披露している。
また「今回の中台首脳会談に日本はいかに対応すべきか」と問い、「日本が対中・台関係に言及した重要文書」として、極東の範囲に関する政府統一見解、佐藤・ニクソン共同声明、日中共同声明の3つを挙げ、台湾も中国も戦略的方針変更ではないから、日本は「これまで通り台湾との経済関係拡大を進めていくべきだ」と結論づけている。
やはり「今回の中台首脳会談に日本はいかに対応すべきか」という観点は重要だ。その点で、2005年の2+2日米安全保障協議委員会で初めて取りまとめた「台湾海峡を巡る問題の対話を通じた平和的解決を促す」という一文も見逃せないのではないだろうか。
また、宮家氏も紹介しているように、アメリカは中国との国交を樹立すると同時に「台湾関係法」を国内法として定め「西太平洋における平和、安全および安定の確保」を図っている。そのために「防御的な性格の兵器を台湾に供給する」ことも定めている。
では、一方の日本はどうか。台湾に関する法律は一切ない。これが日本の現実だ。
宮家氏が説くように、日本は当面「これまで通り台湾との経済関係拡大を進めていく」ことでいいとしても、本会が提案しているように、さらに一歩踏み込んで、国内法として「日台関係基本法」を制定することで、より安定した日台関係を築くことができるのではないか。台湾と中国に「対話を通じた平和的解決を促す」ためにも、日本版の台湾関係法が必要だ。それが根本的な日本の対応であろう。
*本文中に出てくる政府統一見解や声明などの資料については、読者の便宜を図るために本会で加えたものです。
中台首脳会談は歴史的か 異例ではあるが戦略的方針変更ではない
【産経新聞:2015年11月12日「宮家邦彦のWorld Watch」】
「歴史的」な中台首脳会談が開かれた。異例には違いないが、筆者に高揚感はない。理由を書こう。
報道では双方とも「92年合意」を確認したというが、実態は同床異夢だ。台湾の馬英九総統にとって「一つの中国」とは中華民国。来年1月の総統選挙で国民党劣勢を挽回すべく良好な対中関係をアピールしたかったのだろう。この程度で台湾有権者が国民党を見直すとは思えないが。
大陸中国側も次期総統選挙で国民党に梃(てこ)入れすべく、「歴史的」首脳会談を設定する。
この柔軟さは1996年の失敗の教訓だろうか。当時中国は台湾総統選挙に圧力をかけるべく台湾海峡でミサイル発射試験を行った。これに対し米国は空母2隻を派遣して中国を牽制(けんせい)した。結果的に、中国の脅迫は裏目に出る。総統選で中国が忌み嫌う李登輝候補が当選し、米国内では台湾支援の動きが加速した。
それでは今回の中台首脳会談に日本はいかに対応すべきか。一部に、日本は台湾を「中国の一部」と認めており、日中国交正常化後は事実上日米安保条約の対象外になったとの俗説が流れているが、これは大きな誤りだ。日本が対中・台関係に言及した重要文書を読んでみよう。
第1は1960年の極東の範囲に関する政府統一見解だ。「在日米軍が日本の施設及(およ)び区域を使用して武力攻撃に対する防衛に寄与しうる区域」には「中華民国の支配下にある地域」も含まれ、現在はこれを「台湾地域」と読み替えている(※1)。
第2は69年の佐藤・ニクソン共同声明だ。第4項で米国は「中華民国に対する条約上の義務を遵守(じゅんしゅ)する」、日本は「台湾地域における平和と安全の維持も日本の安全にとつてきわめて重要な要素」と述べている。
最後は72年の日中共同声明だ。第3項で日本は(台湾が中国の領土の一部であるとの)中国政府の「立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」と述べている。
第1の統一見解は今も生きている。在日米軍は台湾への武力攻撃に対する防衛に寄与する使命を持っている。第2の日米共同声明も同様だ。今の米国に「中華民国」への条約上の義務はないが、「台湾関係法」という国内法上の義務はある。日本にとっても、台湾の平和と安全が脅かされれ
ば、日本の安全に「きわめて重要」となるのだ。
それは違うぞ、日中共同声明で日本は中国の立場を「十分理解し尊重」しているではないか、との反論もあろう。だが、第3項は日本が中国の主張自体を認めた趣旨ではない。72年の上海コミュニケでも米側は「両岸のすべての中国人が中国は一つであり、台湾は中国の一部であると主張していることを認識(アクノレッジ)する」としか述べていない。米国は、中国が主張するという事実こそ認めたが、主張内容自体を認めてはいないのだ。日本の考え方も基本的には同様である。
いやいや73年(※2)、大平正芳外相は台湾問題が「基本的には中国の国内問題」だと答弁しているではないかとの反論もあろう。実はこの答弁にも深い意味がある。日本の希望は台湾問題の平和的解決であり、中台が話し合いで統一される限りは「国内問題」、結果として中台統一が実現すれば日本はこれを受け入れる。他方、中国が武力による統一を試みた結果武力紛争が発生すれば、話はまるで違ってくる、ということだ。
今回の「歴史的」中台首脳会談は双方の戦術的判断の結果であって、戦略的方針変更ではない。
日本は台湾との自由貿易協定や台湾のTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)加盟など、これまで通り台湾との経済関係拡大を進めていくべきだ。中台どちらが正しいかは歴史が決めるだろう。
【プロフィル】宮家邦彦
みやけ・くにひこ 昭和28(1953)年、神奈川県出身。栄光学園高、東京大学法学部卒。53年外務省入省。中東1長、在中国大使館公使、中東アフリカ局参事官などを歴任し、平成17年退官。第1次安倍内閣では首相公邸連絡調整官を務めた。現在、立命館大学客員教授、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。
※1:「中華民国の支配下にある地域」を「台湾地域」と読み替えるべきものとすること、「極東」の範囲に関する政府統一見解については、平成8年5月に自民党の山本拓衆議院議員が行った質問主意書および政府の答弁書を参照。
※2:産経新聞に問い合わせたところ、11月16日に著者の宮家氏から本会事務局へ直接連絡があり、73年の表記は誤りで、正確には72年11月8日、衆議院予算委員会における大平正芳外相の答弁だったとのこと。