1月16日に投開票された総統選挙・立法委員選挙では、8年間与党の座にあった国民党が壊滅的な大敗を喫した一方、民進党が単独過半数超えの大躍進。さらに新興政党の時代力量も5議席を獲得して一躍第三党に踊り出た。

国民党は一昨年11月の統一地方選でも惨敗を喫しており、解党の危機さえ囁かれ始めている。こうした台湾の政治勢力図の刷新は、もはや国民が「独立か、統一か」「台湾か、中国か」といった二択のなかで選択を迫られるのではなく、「自分は台湾人だ」「台湾は中国とは別個の存在だ」という確固たる基盤のうえでなされたものといえよう。

国民党の凋落と、民進党や時代力量の躍進という政治の潮目を変えたのが一昨年のひまわり学生運動であり、この運動の基盤こそ「自分は台湾人だ」という強固なアイデンティティを持つ若者たちだったからだ。

彼らにとって中国は良くも悪くも「近い」外国であり、生まれた時から台湾は中国とは別個の存在であった。また、李登輝政権下で進められた「台湾教育」により、自分を中国人だと認識する比率も激減していく。こうした彼らにとって「台湾が中国とは別個に独立している」という現状は当然のことであり、それはまた国民党独裁のもと、白色テロの恐怖に怯えることなく声を上げた「台湾独立運動」の志士たちのいう「台湾独立」ともまた異なる。

ある意味ではソフトともいえる独立(実質的な両岸関係の現状維持)への考え方を持った若者たちは「天然独」と称され、今回の選挙における投票行動を紐解くキーワードとなった。さらには今後の台湾政治、あまつさえ将来の台湾が進む方向に大きな影響を与えるものとみられる。というのも、こうした「天然独」と称される若者層は今後年々増加していくのは間違いないからだ。

この「天然独」というキーワードについては、日本人ジャーナリストも様々なメディアで取り上げているが、毎日新聞が掲載したコラムで簡潔に説明されているので下記にご紹介したい(本会台北事務所)


消える?台湾独立党

【金子秀敏(客員編集委員):毎日新聞「木語」:2016年1月28日】

台湾の若者たちに広がっているという「天然独」とは何か。

「台湾は自然に独立している」という国家観は不思議ではない。日本人も日本がいつ独立したか誰も知らないが、昔から独立していたと確信している。

天然独は、台湾が昔から中国大陸とは別の、独自の歴史をもった島であるという台湾人意識に根ざしている。その源流は、1997年から中等教育で使われた副読本「認識台湾(台湾を知る)」だろう。

戦後、台湾を統治した中華民国の歴史教科書は、当然ながら漢民族を中心にした中国史で、台湾の記述はほとんどなかった。だが、「本省人(台湾人)」で初めて総統になった李登輝氏の時に台湾史教育が始まった。

台湾というこの島には石器時代から人間がいた。17世紀のオランダ、スペイン支配を経て、鄭成功、清国、日本、中華民国と統治者が変わった。台湾には中国大陸とは別の歴史があると教えた。中国は李登輝氏を「台独(台湾独立)だ」と非難した。

「認識台湾」で学んだ世代が、いま30歳代の前半になり、台湾人意識の高まりをリードしている。それに続く20歳代後半の人々は台独派の陳水扁総統の時代に教育を受けた。その下は中国の台頭に不安を感じる「ヒマワリ学生運動」参加世代だ。

立法委員(国会議員に相当)選挙では若者の支持を集めた新党「時代力量」が5議席をとって、台湾人意識の高まりを立証した。

ところが、台独原理主義政党の「台湾団結連盟」(台連)は選挙前の3議席から無議席になってしまった。比例区得票数は政党助成金受給資格に達しなかった。台湾人意識の元祖、李登輝氏を精神的指導者と仰ぐ台連に逆風が吹いた。

台独から天然独への世代交代が起きたのではないか。

台独と天然独はどう違うのか。台独派の陳水扁元総統は、憲法改正で国号を台湾共和国に変える「法理独立」を目指した。中国は武力で阻止すると威嚇した。紛争に巻き込まれるのを恐れた米国は台湾抑え込みに回った。

天然独の立場に立つと、独立宣言など中国を刺激する行動をとる必要はない。現状維持が目標になる。このほうが米国の支持を得やすく、中国はやりにくい。

中国の軍事的脅威にさらされた台湾が天然独立を守るには台独は危険だ。台連の議席が消えたのは、台湾独立論の消滅ではなく、新たな独立戦略の動きだろう。