2000年から2004年の民進党政権で駐日代表を務めた羅福全氏の回顧録『台湾と日本のはざまを生きて』が藤原書店より刊行されました。
この本は、日本時代の台湾や人物の著作も多いジャーナリストの陳柔縉女史が羅大使の口述をまとめたもので、台湾では2013年8月に天下文化出版社から『榮町少年走天下:羅福全回憶錄』のタイトルで出版されたものの日本語訳です。
奇しくも、3月に本会会長に就任したばかりの渡辺利夫・前拓殖大学総長が『「棄るは取るの法なり」の人生を生きた台湾人』と題した序文を寄せ「羅福全の人生は、一面では、台湾の運命によって余儀なくされた不可避のものであった。しかし、他面では、国民党のブラックリストに載せられて安住の地を放棄させられ、母上逝去の報せを受けても帰郷できないという、普通の人間であれば呪うべき己の人生を、まるで逆手に取るように自在に操り、ついには世界に知のネットワークを張ることに成功した希有の人物である」と評している。
『台湾と日本のはざまを生きて』
羅福全/著 陳柔縉/編著 小金丸貴志/訳 渡辺利夫/序
四六上製 352ページ
ISBN: 9784865780611
刊行日: 2016年2月
定価:3,888円(税込)
下記に4月3日付の毎日新聞「今週の本棚・新刊」欄に掲載された書評をご紹介したい。
2000~04年に台湾駐日代表を務めた羅福全氏の回顧録。1935年生まれの羅氏は裕福で教育熱心な家に育ち、6歳の時、「より良い就学環境」を求める母に連れられ日本へ渡り、戦時中の学童疎開も経験した。台湾に戻ったのは戦後の46年。
台湾大卒業後、早稲田大大学院を経て米ペンシルベニア大大学院へ留学した。台湾独立運動に参加したため国民党独裁下の台湾へ戻れなくなったが、国連の経済専門家として長年、世界中を飛び回った。
数奇を極めた人生の中で独特な人脈を築いたことに驚かされる。後にノーベル経済学賞を受賞するクラインに師事し、米駐日大使を務めたライシャワーや朱鎔基元中国首相ら多くの著名な学者、政治家らと出会っている。中国が反発した李登輝元総統の訪日は、羅氏が駐日代表の時だった。
60年安保闘争でブントの中枢にいた生田浩二と、米留学時代に親友だったことも興味深い。不慮の火事で亡くなった生田夫妻の葬儀、追悼式は羅氏がおこなったという。
談話を台湾のコラムニストがまとめたものだが、含蓄に富むエピソードが平易につづられ、一気に読ませる。