門田隆将氏

ノンフィクション作家、門田隆将(かどた・りゅうしょう)氏の台湾への関心は、日本との関わりを中軸に深まるばかりで、とどまることを知らないという印象を受ける。

2009年、戦時下に学徒動員で知り合った日本人女性に思いを寄せる特攻志願の台湾青年との清らかな交流などを描く『康子十九歳 戦渦の日記』(文藝春秋)以来、『この命、義に捧ぐ━台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(集英社、2010年)、バシー海峡で弟を喪った漫画家のやなせたかしと、バシー海峡を12日間も漂流して奇跡の生還を遂げた中嶋秀次の軌跡を描いた『慟哭の海峡』(KADOKAWA、2014年)を次々と世に問う。

そして今年は、日本人の父と台湾人の母を持つ、2・28事件で犠牲となった弁護士、湯徳章氏(日本名:坂井徳章)の軌跡を描く『汝、ふたつの故国に殉ず』(KADOKAWA)を12月10日に上梓する。

台湾の総統選挙や蓮舫議員の二重国籍問題など、日本と台湾に関わる問題が起これば、新聞や雑誌メディアのみならず、自身のブログ「夏炉冬扇」でも論陣を張る。

12月2日のトランプ次期米国大統領と蔡英文総統との電話会談は、アメリカと台湾が断交してから初のトップ同士の会談だったことで、中国をはじめ大きな衝撃を世界に与えた。

門田氏も早速、ブログ「夏炉冬扇」で、アメリカの台湾と中国へのこれまでの対応を紹介しつつ、その衝撃の意味を「中国にとって“対米防衛ライン”とされる日本-台湾-フィリピンという『第一列島線』の首脳がいずれもトランプ氏との「関係強化」を現実のものにしつつあることをどう捉えるべきだろうか」と鋭く問うている。

下記にブログの全文をご紹介したい。


「トランプ-蔡英文」衝撃会談の意味

【門田隆将ブログ「夏炉冬扇」:2016年12月3日】

中国にとって、アメリカのトランプ次期大統領による“衝撃的”な出来事がつづいている。最大のものは、本日、トランプ氏が台湾の蔡英文総統と「電話会談をおこなった」ことだ。

台湾の総統とアメリカの大統領や次期大統領とのやりとりが「公になった」のは、1979年の米台断交後、もちろん初めてのことだ。

中国にとって、何が衝撃だったのか。それには、まずアメリカの「台湾関係法」を理解しなければならない。「ひとつの中国」を原則にして、歴史的な米中国交正常化が成った1979年、アメリカは、台湾(中華民国)を守ることを目的とした「台湾関係法」をつくった。

これは事実上の「軍事同盟」であり、それまでの米台間のすべての「条約」や「協定」は維持されることになった。つまり、アメリカは、台湾を「国家同様に扱う」ことを定め、責任を持って「守り抜く」意思を明らかにしたのだ。

アメリカは中国に対して「貴国とは、国交を樹立する。しかし、それは中華民国(台湾)との関係を完全に断つという意味ではない。わが国は、どんなことをしても中華民国を守る」と宣言したのである。

それは、たとえ第二次世界大戦終了の4年後(1949年)に成立した中華人民共和国と国交を結んだとしても、連合国軍の大切な仲間であった「中華民国を見捨てることはしない」という強烈なアメリカの意思表示であり、人道的な決意によるものだった。

これによって、中国の「台湾侵攻」は、永久的ではないにしても、封殺を余儀なくされた。中国にとっては、仮に台湾侵攻をおこなうとすれば、「中米戦争の勃発」を意味するものになったのだから無理もない。アメリカの姿勢は、日本が台湾に対しておこなった1972年の「日華断交」とは根本的に異なるものだったと言える。

しかし、逆に考えれば、中国にとっては、「アメリカに方針転換さえさせれば、台湾をどうとでもできる」ということも意味する。歴代のアメリカ大統領とは“異質な”トランプ氏の登場は、ある意味、中国には、「待ちに待ったチャンス」だったのである。

だが、世界の首脳に先がけて日本の安倍首相がトランプ氏との直接会談にこぎつけて以降、中国の旗色は悪い。11月14日に習近平国家主席は、電話で当選への祝意を伝えたとはいうものの、トランプ氏から中国への尊重や敬意の思いは未だに伝わってこない。

一方、あれだけオバマ大統領に罵声を浴びせていたフィリピンのドゥテルテ大統領が昨日、トランプ氏と電話会談をおこない、これまた良好な米比関係に向かって第一歩を踏み出した。テレビに映し出された会談中、そして会談後のドゥテルテ大統領の満面の笑みは、親密な関係を築けた証明とも言える。

そして、今日の蔡英文総統との電話会談である。ここで重要なのは、蔡総統がトランプ氏に「台湾の国際社会への参画」に対して理解を求めた点である。トランプ氏の返答がいかなるものだったのかは、詳らかになっていないが、筆者には、台湾の政府関係者から「(台湾)外交部にはトランプ氏の娘婿であるジャレッド・クシュナー氏と大学時代の親友がおり、彼を通じてトランプ氏の台湾への理解は相当深いと聞いている」という話が伝わっている。

国防長官に“狂犬”の異名をとるジェイムズ・マティス退役大将が指名されたことが明らかになった直後に、ドゥテルテ、そして蔡英文という二人の首脳との電話会談をおこなったトランプ氏。中国にとって“対米防衛ライン”とされる日本-台湾-フィリピンという「第一列島線」の首脳がいずれもトランプ氏との「関係強化」を現実のものにしつつあることをどう捉えるべきだろうか。

トランプ氏がよく比較されるドナルド・レーガン元大統領は、1980年代の任期「8年間」に強気の姿勢を一切崩さず、SDI構想(戦略防衛構想、通称スター・ウォーズ計画)によって、ついにソ連の息の根を止め、冷戦を「終結」させた歴史的なアメリカ大統領となった。

当時のソ連に代わる超大国にのし上がった中国に対して、果たしてトランプ氏はどんな政策を打ち出すのだろうか。今日の「トランプ-蔡英文」会談の報を受けた中国の王毅外相は、報道陣を前にして、「(これは)台湾のこざかしい動きに過ぎない。国際社会が築いた“ひとつの中国”という大局を変えることはありえない!」と吐き捨て、激しい動揺と苛立ちの深さを浮き彫りにしてしまった。

トランプ氏の登場は、南シナ海や東シナ海での傍若無人な中国の動きに今後、どんな影響をもたらすのだろうか。外交とは「生き物」である。大統領選の最中とは異なり、共通の価値観を持つ先進資本主義国のリーダーとして、トランプ氏に世界の“意外な”期待が寄せられつつあるのは確かだろう。