東アジアの平和の要諦は「現状維持」目指す日台が「現状変更国家」中国に抵抗できる軍事力を持つことだ
東京国際大学教授・村井友秀
今年も日本の安全保障に重大な影響を与える国は、米国、中国、ロシアである。ロシアは日本を攻撃する能力を持っているが攻撃意思はない。しかし、中国は日本を攻撃できる兵器を保有し、尖閣諸島を奪おうとしている。
≪中国海軍を「拘束」する台湾≫
現在、中国海軍は西太平洋で活動を活発化させているが、中国海軍が南シナ海から太平洋へ出ようとすれば、台湾とフィリピン間の海峡を通らねばならない。台湾は西太平洋で活動する中国海軍の死命を制することができる位置にある。他方、台湾が中国軍と協力すれば、東シナ海、南シナ海、西太平洋で中国軍の作戦能力は格段に向上する。
将来の中台関係は次の3つの形が考えられる。(1)中台統一(2)現状維持(3)台湾独立-である。
(1)中台が統一すれば、中国軍は台湾を出撃基地にして太平洋に進出できる。中国軍が台湾から出撃すれば、中国軍の進出を日本、台湾、フィリピンを結ぶ第1列島線で阻止することは不可能になり、中国軍を第1列島線内に封じ込める米軍の作戦は機能しなくなる。西太平洋の中国軍は日本に向かう全てのシーレーンを脅かすことができる。
(2)現状維持では、台湾は政治的にある程度中国から独立した行動が可能である。台湾が独立的に行動できるためには、台湾に対する中国の軍事行動を米国が牽制(けんせい)できることが必要条件である。現状では中国軍が台湾を軍事基地として使用することはできず、台湾は中国軍が東シナ海、南シナ海、太平洋で作戦を実行する際の大きな障害物になっている。
(3)台湾独立とは、台湾人は中国人ではないという台湾民族主義が高揚し、独自の国名、国旗、国歌を制定し、台湾が中国の意向に反する行動を取ることができる状態である。民族主義が高揚している国家は外国との対立を躊躇(ちゅうちょ)しない傾向があり、中台関係は緊張するだろう。独立した台湾にとって最大の脅威は中国であり、独立台湾は日本や米国との関係を強化する方向に動かざるを得ない。
≪米海軍が守る日本のシーレーン≫
他方、近未来の東アジアは次の3つの形が考えられる。(イ)米国が覇者(ロ)米中共同管理(ハ)中国が覇者-である。
米国が覇者の場合は、中台関係が(1)統一(2)現状維持(3)独立-のいずれにもなり得るが、米中共同管理または中国が覇者の場合には(3)の独立はあり得ない。米国の新政権が世界の警察官になることに消極的であっても、「偉大な米国の復興」を叫ぶ新政権が、アジアにおいて中国が覇者になることを許容する可能性は低い。東アジアの米中関係は、米国覇者と共同管理の間にある可能性が高い。
日中関係では、米国が世界の警察官であることをやめた場合、中国が「中華民族の偉大な復興」を実現し「1つの山に2匹の虎はいない」アジアを実現するために、日本に圧力をかけ、日本のシーレーンを妨害する可能性がある。日本が必要十分な軍事力を整備し日米同盟が機能すれば、中国軍の脅威を排除して日本に向かう船団の安全を確保できる。日本の重要なシーレーンは太平洋やインド洋を通っているが、陸上基地に配備されたミサイルの射程や航空機の航続距離を超えた太平洋やインド洋で米海軍に挑戦する国はない。
今、日中間で大戦争が起きる可能性はない。大戦争は双方の経済に致命的な打撃を与える可能性があり、何よりも双方が大戦争を望んでいない。また、大戦争になれば日米同盟によって米国が参戦する可能性が高まり、中国が戦争に勝つ可能性はなくなる。現在も近未来も、中国の指導者が大戦争を決意するほど非合理的である可能性は低い。
≪軍拡に耐える力が安定を支える≫
戦争には「攻撃は守備の3倍の兵力が必要である」という原則がある。したがって、米国の新政権の政策に影響されずに日本の力で安定した日中関係を構築するためには、中国の軍事力の3分の1を超える2分の1の軍事力を日本が保有すれば、中国の軍事的圧力に日本は抵抗できる。同時に戦争の原則を考えれば、中国の2分の1の軍事力しかない日本が中国を攻撃することはできない。
すなわち、日本が、中国との軍拡競争に負けずに耐えて中国の2分の1程度の軍事力を保有していれば、日中間に戦争はない。ただし、外交交渉で相手に圧力をかける手段である限定的な武力衝突は何時(いつ)でも何処(どこ)でも起こり得る。なお、双方が紛争の拡大を望まないとき、偶発的な武力衝突が大戦争に拡大した歴史的事例はない。
民主主義を維持する日本と台湾には、国際関係の現状を変えなければ解決できない重大な問題は存在しない。しかし、国内に深刻な矛盾を抱える中国は、国際関係の現状を変えて国民の不満を政府からそらそうとしている。したがって、現状維持を目指す日本と台湾が、現状変更国家である中国の軍事的圧力に抵抗できる軍事力を保有することが東アジアの平和を維持する要諦である。
2017年1月26日付・産経新聞「正論」